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理論問題 文化・歴史 : 科学的発展観とは何か
投稿者: rodo-info 投稿日時: 2007-1-29 0:00:00 (4288 ヒット)





  ――中国の新たな21世紀戦略――
      中国社会科学問題研究者 林 浩一




「労働通信」2006年7月号の記事より


 中国共産党はいま科学的発展観というものを社会主義建設の全過程に貫徹するよう努力しているようです。2005年10月に開かれた6期5中総会では、「十一五」計画(2006年〜2010年までの5力年計画)に関する中国共産党中央の『提案』を採択しましたが、その最大の特徴は「科学的発展観」を全計画のなかに貫徹していることであるといわれています。では、「科学的発展観」とはどういうことなのだろうか。この点について私の見解は以下のとおりです。


全文を読むには下記の<続き・・・>をクリックしてご覧下さい。





1、各種の発展観

 発展観とは、「発展とはなにか。どのように発展させるか」ということに関する観点ですが、発展観が問題になったのは第2次大戦以後のことです。第2次大戦後、資本主義諸国では、最初の約十年間は戦争によって破壊された経済を回復することが主な仕事でした。しかし、その時期を過ぎると資本主義は新しい発展を遂げました。
 日本でも、20世紀の50年代半ばから「もう戦後ではない」といわれ、経済の面でも「神武景気」などがあらわれ、しだいに「高度成長」の時期に入りました。こうなってくると、発展とはなにか、ということが問題になり、発展を表す指標としてGDP(最初はGNPと呼ばれた)が使われるようになりました。前世紀60年代前半に生まれた池田内閣が「所得倍増計画」の看板を掲げて登場したことは有名ですが、この国民所得倍増計画なるものは、主にGDPの増加を目標にしたものでした。
 しかし、70年代以後、GDPの増加を唯一の発展の指標とすることにたいする異論がいろいろな角度から出されるようになりました。この点に関しては05年9月23日の『人民日報』に紹介されている解説が参考になりました。その概要はつぎのとおりです。

  現代化理論の発展観
 アメリカの経済学者ブレイクが「比較現代化の理論」を提起して、発展というものを「欧米中心主義」で見てはならず、「現代化イコール西方化」ではないと主張しました。そして、非西方の社会が現代化に向かう過程は複雑であり、「西方化」の概念で概括できるような簡単なものではないと述べ、研究方法上で伝統と現代の2つに分けて分析する方法に反対しました。
 
  成長極限論の発展観
 これもアメリカの学者ドネラ・H・メドウスなどが提起したものです。それは、伝統的な発展観は経済の成長と人の物質的需要だけに注目して資源の有限性と環境破壊を無視していると考え、現在のまま経済を発展させると資源の欠乏と環境破壊が進行し、今後100年以内のある時期に経済成長は極限に達するだろうと主張しました。この成長極限論は環境の要素を発展のなかに含めた点に理論的な貢献があったといえるでしょう。
 
  総合的発展観
 80年代にフランスの学者フランソワ・ペルーが総合的発展観を提起しました。彼は「この種の発展観は全体的、総合的、内部成長的でなければならない」と主張しました。
 “全体的”とは、発展のなかにおける文化的価値を重視することを指し、発展とは文化的価値の全面的発展にもとづくものでなければならず、経済的利益と文化的価値を統一的にとらえなければならないという考えです。
 “総合的”とは、社会の各部門、地域、各階級が発展のなかで釣り合いを保つことを指し、それらが釣り合いを保って発展するようにしなければならないということです。
 “内部成長的”とは、発展は自国の資源と力に充分に依存し、それを利用した成長であることを指し、同時に人の各種の要素と人の権利を重視することを指すということを意味するといいます。したがって、発展とは単に経済・社会の発展に止まらず、人の発展と健康な人格形成の過程、“人を中心とした”発展でなければならないと主張したわけです。
 
 せ続可能な発展観
 この理論の主な内容は次のとおりです。
(1)発展の必要性を肯定し、経済を発展させてこそ、人々は貧困から脱出できるし、生態系の危機を解決するのに必要な物質的基礎を提供することができる。
(2)発展と環境の弁証法的関係を強調し、環境保護は経済発展による資金と技術を必要としており、環境保護のよしあしもまた発展の質をはかる指標の一つである。
(3)各世代が公平でなければならないという世代間公平の概念が提起された。人類の歴史は連続した過程であり、後の世代も現代の世代と同様の生存権、発展権をもつから、現代の世代は後世に生存と発展に必要な“資本”(環境資本を含む)を残さなければならない。
(4)世代間公平の概念と同時に、同一世代内の公平を主張し、発達した国家は発展の過程のなかですでに地球上の大量の資源とエネルギーを消耗し、世界の環境に大きな影響を与えているのであるから、発達した国家はより多くの環境修復の責任を負わなければならない。

  人類発展観
 この発展観は1990年国連開発委員会が出したものです。それは人類自身の発展に重点を置いて考え、経済の成長は手段に過ぎず、人類の発展こそ目的であり、すべて人を中心にしなければならないという主張です。そして、人類の発展は主に人の各種の能力の増長に具現されるとして、その能力は寿命を延ばす能力、健康な身体を享受する能力、より多くの知識を得る能力、十分な収入があって各種の商品とサービスを購入する能力、社会の公共事業に参与する能力などが含まれることを提起しています。 


2、中国の発展観

 現在中国が主張している発展観とはなにか。
 中国は2003年に開かれた中国共産党の第6期3中総会で、「人を根本とし、全面的で、調和のとれた、持続可能な科学的発展観」というものを提起し、これを経済建設及び政治建設、文化建設、社会建設の広い分野に貫徹することを決めました。「人を根本とする」(以人為本)とか、「全面的で、調和のとれた」発展とか、「持続可能な発展」などという観点は、上述した各種の発展観のなかの有益な部分を取り入れたものであることが伺われます。
 つまり、中国共産党が主張している発展観は今まで西側の学者が研究した発展観を参考にし、同時に中国の実情を考えてそれを中国的な発展観に改造して提起していると考えられます。それで、以下にどのように中国的に改造しているかについて、考えてみました。


3、経済発展の重要性

 現在の中国にとって、経済を発展させることは至上命令である。最近の調査によると、中国の2004年のGDPはイタリアを抜いて世界で第6位に達していますが、13億もの人口を抱えているので、人口一人当たりのGDPは非常に少なく、わずか1490ドルで、世界で第107位に過ぎません。中国はまだまだ貧しい発展途上国なのです。したがって、人民を豊かにするためには、なによりもまず経済を発展させること、しかも人口が多いので毎年生まれる新しい労働力が800万人以上に達するから、経済をかなりの高速度で発展させることが決定的に重要となります。中国的発展観は、まず第1に中国にとって、発展は至上命令であるということが前提になっていると理解されます。


4、「人を根本とする」(以人為本)とはなにか

 各種の解説文を読むと、「人を根本とする」の“人”は人民大衆を指し、抽象的な“人”あるいは“個人”や“自己”を指すものではないと説明されています。中国共産党は人民に奉仕することを党の最高の使命としており、大衆路線を貫徹することを党のもっとも重要な作風の一つとしています。したがって、「人民を根本とする」ということは、従来の党の主張にあっており、党や政府が経済社会の発展を計画する場合に、必ず人民の利益から出発し、発展の結果は必ず人民に利益をもたらすものでなければならないことになります。それゆえ、「人を根本とする」という提起は発展観の核心をなすものであり、発展の目的であり、帰結点とみなされます。
 中国では改革開放のなかで、一時“GDP主義”が台頭しました。つまり発展とはGDPを増やすことであるという考えです。各クラスの党と政府の指導者のなかには、幹部を評価する場合、GDPをどれだけ増やしたかを非常に重視する傾向があらわれ、その結果、人民の利益を無視した、幹部の業績を示すためのプロジェクトが計画されたり、実施されたりしたことは、記憶に新しいことです。だからこそ「人を根本とする」ということを発展観の核心に据えたのでしょう。
 しかし、それならば、「人を根本とする」などといわず、「人民を根本とする」といったほうがはるかに分かりやすいのに、なぜ「人を根本とする」というのでしょうか。この点について、私は恐らく「左」の傾向があらわれるのを警戒したのではないかと推察しています。つまり、かつて「人民の全体的利益」という看板を掲げ、「個人の利益は全体の利益に服従しなければならない」と主張して、人民を構成している一人一人の大衆の具体的要求を軽視したり、無視したりする傾向がありましたが、今後はそのようなことを戒め、人民大衆の全体的利益を重視すると同時に、個々の大衆の具体的要求や権利をも重視するという考えから、「人を根本とする」という提起を採用したのではないかと思います。
 また、これを未来社会と結びつけて考えると、未来社会は「各人の自由な発展が万人の自由な発展の条件となるような一つの協同社会があらわれる」(『共産党宣言』)というものでありますから、未来社会は生産力が高度に発展し、物質的に非常に豊かな社会であるとともに、「各人の自由な発展」を保障する社会でなければならないわけです。このような角度から未来を展望して「人を根本とし」、人の発展を重視しているのであろうとも考えられます。


5、全面的で、調和のとれた発展と持続可能な発展

 全面的で、調和のとれた発展という観点、持続可能な発展という観点も西側の学者の論点のなかにありますが、中国共産党はこれを中国的に改造して使っていると思います。“全面的で、調和のとれた発展”という概念には次のような意味が含まれていると考えます。
 つまり、経済建設を進める場合、中国政府は“5つの統一的計画”を実施し、経済・社会を全面的に、調和を保って発展させなければならないと考えていますが、“5つの統一的計画”とは次のとおりです。
 |羚颪賄垰圓版逝爾糧展の格差が非常に大きいので、都市と農村の発展を統一的に計画し、この格差をしだいに縮めること。
 中国はまた東部、中部、西部、東北などの異なった地域の発展の格差も非常に大きい。したがって、各地域の発展を統一的に計画し、この格差をしだいに縮めなければならない。
 7从僂糧展にともなって、政治建設、文化建設、社会建設を同時に進め、経済と社会全体の発展を全面的に、調和のとれたものにし、社会の奇形的な発展を防止しなければならない。
 っ羚颪録邑が多く、人口一人当たりのエネルギー源や資源は乏しい。しかも環境保護の基盤は脆弱(ぜいじゃく)である。したがって、経済の高速度の発展にともなって、資源の欠乏、公害の発生、環境破壊が急速に進む恐れがある。そこで、資源の浪費と環境破壊をもたらす“発展”を断固否定し、人と自然の調和のとれた発展を実現し、持続可能な発展を遂げなければならない。
 ス馥發糧展と対外開放を統一的に計画し、両者の調和のとれた発展をはからなければならない。つまり、経済のグローバル化が進行するなかで、国内の発展を基本とし、国内の発展を促進するために対外開放を拡大するとともに、国家の安全を脅かすような“対外開放”は避けなければならない。
 この点についていえば、例えば大銀行にたいしては国家の所有権を絶対的なものにするとか、経済の命脈を握る国有大企業にたいしても、あるものは国家資本だけの企業としたり、あるものはその国際競争力を大いに強めるなどの措置をとったりして、国の経済上の安全をはかっているのだと理解できます。
 以上の諸点をまとめて、中国共産党は科学的発展観の内容を「人を根本とし、全面的で、調和のとれた、持続可能な発展」と規定したと考えます。 







 

 『労働通信』は、現代の労働者が直面する問題や日本と世界の労働運動について隔月刊で編集、発行している雑誌です。

 編集委員は全員が職場ではたらき運動に参加している労働者です。また、全国の職場で奮闘している活動家のみなさんからの投稿にささえられて発行しています。

 購読料は、一部500円(送料込み)、年間で3,000円です。

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