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理論問題 文化・歴史 : 充電視点: 『革命の子どもたち』を観て
投稿者: rodo-info 投稿日時: 2014-8-10 9:01:43 (768 ヒット)

『革命の子どもたち』を観て





評者 前田力


 開演前のテアトル梅田には高齢者の方々多くみられ、扇子を手にしながら開場の案内を待っていた。この映画には官憲の目が光っているとさえ噂されていたみたいだ。

 映画は1968年、学生たちによる革命運動のうねりのなか女性活動家として名を馳せた重信房子(元日本赤軍リーダー、現在服役中)とウルリケ・マインホフ(ドイツ赤軍リーダー)。ベトナム戦争の虐殺に戦慄した彼女たちが世界革命による資本主義勢力の打倒を目指して赤軍を率いて活動した時代記録と二人の娘、重信メイとウルリケ・ロールが悪名高きテロリストと呼ばれた「母」の生きた時代と、自らの置かれてきた境遇を語るドキュメンタリー映画である。

 本作の日本上映について監督シェーン・オサリバンは「1960年代後半に日本で強まった抗議の精神について、またそのエネルギーがどこに消えてしまったのかを日本の若い世代が考える助けになればと望んでいます」と語っている。

 1960年代、「日米安保反対」闘争の高揚。搾取と支配からの解放を目指して、日本の未来を多くの人々が語り合った時代であったと思う。こうした真摯な活動は私が働き始めた1970年代へと受け継がれていた。労働組合の中でも日本社会を、真の民主主義を語りあいストライキを経験した。

 70年代のジグザグデモとシュプレヒコール、どこまでも続く赤旗の行進、春闘でのストライキ、日本社会を資本主義の支配から解放するのだというエネルギーが充満していた。武装闘争や世界革命が叫ばれるなか学生運動の中では火炎瓶闘争などその過激さがまして、労働運動との亀裂を増していくこととなる。

 映画を観ながらドイツ赤軍の存在さえ私は知らなかった。日航機「よど号」ハイジャックやテルアビブ空港乱射事件、ドバイ日航機ハイジャックなどのニュース映像は若かった私の脳裏に焼き付いていたものもあった。赤軍の武装闘争はドキュメンタリーとして映し出されるが、テロの後のシーンでは見ていて身体の芯がむずむずして何度も足を組み直して見なければならないほど凄惨な場面も映し出される。

 娘たちの証言も革命家の子どもとして命の危険にさらされながら母たちがどう子どもたちと向き合ってきたのかを語る。しかし、その多くは重信メイの証言がほとんどで、ウルリケ・ロールが母についての思いを強く語らなかったことも気になった。ドキュメンタリーとして、監督のメッセージと映画にギャップを感じる。それは映画が娘たちに語らせてはいるが、私たちに「あなたはなぜ日本社会の未来を語るのをやめたのか」と突き上げるメッセージがなかったからではないだろうか。
 
 少しはばかり後味の悪さをかみしめながら映画館をでた。時代の証言者。戦争の悲惨さを語り継ぐ語り部が少なくなってきたが、私も革命への高揚と民主主義への闘いを語り継ぐ世代になったのかと考えさせられた。どんよりとした夏の雲が私の心におおいかぶさっている。

 上映会場は下記を参照ください。 
    ↓
 映画『革命の子供たち』公式サイト
 

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