メインメニュー
このサイトについて
話題のテーマ
出版物紹介
アクセスカウンタ
11419012

2674 :昨日
1333 :本日
会員専用ページ・ログイン
ユーザ名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録
社会主義について : 武漢大教授が中国社会主義の現実と課題を語る−−講演会に参加して感じたこと
投稿者: rodo-info 投稿日時: 2005-4-18 22:48:38 (4320 ヒット)


故宮

「労働通信」2005年1月号の記事より

「労働通信」編集委員会 河上清


 04年11月10日、大阪市北区の大阪産業大学梅田サテライトで、「社会主義中国の現実と課題」と題して中国武漢大学の3人の教授を招いての講演会が開催された。3人の教授は、11月7日に東京で開催された「11月シンポジウム レーニン没80年記念――現代世界の課題とレーニン」に参加するために来日したもので、その機会を利用して大阪で社会主義理論学会の主催でこの講演会が開催された。当日は平日の昼間であるにもかかわらず、同学会の会員や中国に関心をもつ知識人、学生、労働者などが参加した。


武漢大学との交流会(04年11月10日、大阪)

 いまの中国がすすめている「社会主義市場経済」をどうみるか――これはおおくの人人の関心事だ。書店にも中国関係の本があふれているが、この問題について中国の学者自身が正面から問題提起した本はおおくはない。

 これにたいして今回の講演会では、中国の社会主義市場経済について、3人の教授がそれぞれ、経済、思想、政治という3つの側面から問題提起をおこなった。とくに3つ目の政治面は、中国の社会主義の未来構想でもあり、非常に興味深い内容であった。

 私なりに3人の教授の報告の内容を要約して紹介した上で、若干の感想を述べてみたい。

市場も計画もともに経済発展の手段


中国社会主義市場経済体制の特徴
丁俊萍(武漢大学政治公共管理学院院長.教授)



 かつて中国は、社会主義=計画経済、資本主義=市場経済という従来の概念にそって社会主義建設をやってきた。計画経済は、重要基幹産業に資源を集中し、中国の経済発展を一定の段階まで促進したが、その後、停滞を生み出した。

 この現実を総括し、小平は、計画経済も、市場経済も、ともに経済発展のための方法にすぎないのだという概念をうちだした。資本主義の側も、市場経済を基本としながらも計画経済の要素を取り入れている。社会主義の側も、社会主義の実現へ向けて経済を発展させるという目的にそって、市場経済をやってもいいし、市場経済と計画経済のメリット.デメリットをふまえたうえで、両者を適切にむすびつけることが大事だ。

 現在の中国の社会主義市場経済体制は、つぎのような特徴がある。
ー腓箸靴道餮擦鯏切に配分する経済管理体制である。
∋埔豬从僂伴匆饉腟舛隆靄榲制度が結びついている。
社会主義の精神文明の建設と結びついている。

人を第一として経済、人口、資源、生態系のバランスのとれた発展を



中国発展戦略における科学の役割
梅栄政(武漢大学政治公共管理学院教授)



 中国共産党は、社会主義建設をすすめていくための基本理論として、毛沢東の「十大関係論」(1956年)、小平の「改革.開放」(1978年)、江沢民の「三つの代表論」(2001年)と、理論を発展させてきたが、こんにちの新たな社会主義市場経済を立派に運営していく党の執政能力を向上させるための理論的基礎.基本戦略として、16期3中全会で新なた「科学発展観」をうちだした。その要点は、つぎのようなものである。

ー匆饉腟膳設は、あくまでも経済建設を中心にすすめていく。
△靴し、経済発展と社会発展のアンバランスがおこらないように注意する。
E垰圓版逝爾粒丙垢拡大している現状を是正し、先に発展した都市が農村を援助し、両者のバランスの良い発展を促す。
っ楼茣屬粒丙垢眄Ю気掘共同発展を促す。
シ从儼設と、人口増加、資源の効率的な利用、生態系や環境の保護という4つの条件がうまく調整できるようにしていく。
Σ革開放を基本とする。
Э佑陵彖任鯊1とする。人民の利益をすべての仕事の出発点として、人民のいろいろな方面でのニーズをたえず満足させ、人人の全面的な発展を促す。

中国社会主義の未来構想はこれだ


中国の小康社会の全面建設
張暁紅(武漢大学政治公共管理学院教授)



 中国は新世紀の初頭にあたって、21世紀の最初の20年間で、水準の高い「小康社会」を全面的に発展させることを全世界に宣言した。この「小康社会」とは何か?

 「小康社会」は、もともと中国の「詩経」という古典のなかにある言葉で、その意味は「人人は、働いたり、休んだりしていれば、暮らしやすい」=古代の自然社会のなかで、どうにかゆとりのある生活ができるという庶民の理想的な生活という意味である。

 小平は、改革.開放のなかで、「小康社会」という概念を取り入れた。それは、先進資本主義国よりも低い段階での近代化であり、裕福ではないが、そこそこ暮らしやすい社会をつくるという意味であった。具体的には、GNPを1980年を基準として、90年には倍に、さらに2000年には4倍増するという目標を立てた。

 こんにち、この目標は基本的に達成された。中国共産党第16回大会は、つぎの目標として、21世紀の最初の20年間で「全面的な小康社会」を実現し、さらにその後の30年間で先進国なみの現代化を実現するという目標を立てている。

 当面する目標である「全面的な小康社会」とは、経済の発展だけでなく、人民の生活(貧富の格差の克服)、科学技術と教育の充実、社会保障の完備、民主主義と法制の整備、社会主義的な思想や道徳の確立など、経済、政治、文化を全面的に発展させることである。

 だが、その実現のためにはなお、おおくの苦難が待ち受けている。とくに農村の3000万人ともいわれる貧困層は、衣食住さえ満足ではなく、初歩的な「小康」にさえいたっていない。貧富の格差、地方間の格差、拝金主義などの思想……など、おおくの困難があるが、かならずこれらの困難を克服して、「全面的な小康社会」を実現していかなければならない。

(以上は限られた誌面での要約であるので、実際にはもっと豊かな内容が語られた。)




北京の繁華街・王府井のショッピングモール


中国は資本主義か?



 こんにち日本では、右翼も左翼も、資本家も労働者も知識人も大部分の人人が、「中国はすでに資本主義国になった」という認識をもっている。だが、この講演会を聞いてみて、私はそう単純にとらえていいのかという思いを強くした。

 最初の丁教授が提起した、「市場も計画もともに経済発展の手段」という観点は比較的理解しやすい。03年に「労働通信」京都読者会で開催した上島武氏(大阪経済大学名誉教授)の講演で、かつてのソ連で計画経済をすすめるあまり、チョッキのボタンの種類や色、数まで中央の指令で決めたがために、経済の運営や資源の配分がうまくいかなくなったことが指摘されていたが、「改革.開放」前の中国でもおなじことを経験したのだと思う。

生産力至上主義の見直し

 
 二番目の梅教授が報告した、「科学発展観」には新しいものを感じた。というのは、「改革.開放」以後この20年間の中国は、とにかく経済成長1本槍で、貧富の格差の拡大や都市と地方との格差の拡大が放置されていることもさることながら、スターリン式の「生産力至上主義」が強いという印象をもっていたからである。人間が自然を支配するという観点が濃厚で、自然と人間との共生というような観点はなく、自然環境への配慮はいっさいないという印象である。危険な農薬に汚染された中国産の輸入野菜や酸性雨、中国の大都市の公害など身近に感じられることがおおかった。資本主義世界もこの生産力至上主義で突っ走ってきたわけだが、20世紀末になって地球環境問題が深刻となり、これまでの成長のあり方では人類そのものが生きられない事態がうまれるなかで、その成長モデルに1定の修正をせざるをえなくなっている。地球温暖化防止の京都議定書などはその1つの表れであろう(京都議定書から脱退した「懲りない」国もあるが)。

 そのようななかで、中国の新たな「科学発展観」は、ひきつづき経済建設を第1義だとしつつも、経済建設と人口増加、資源の効率的な利用、生態系や環境の保護のバランスをとることが大事だと強調しはじめている。あわせて、貧富の格差や都市と地方との格差の縮小も打ち出している。そして、これらの観点をつらぬくものとして、「人の要素を第1とする。つまり、人民の利益をすべての仕事の出発点として、人民のいろいろな方面でのニーズをたえず満足させ、人人の全面的な発展を促す」ことがうたわれている。

 かつて毛沢東は、「人民、ただ人民のみが歴史を動かす」「人民に奉仕する」を中国共産党の思想建設の第1においていたが、その思想の21世紀における発展型ではないかと感じた。

バランスの取れた発展


 三番目の張教授が提起する「小康社会」の全面的建設――というのは、2番目の「科学発展観」を下敷きにした中国社会主義の未来構想だと思った。

 私も04年5月にはじめて中国.北京を訪問したが、繁華街.王府井やビジネス街は日本の大都市とほとんどかわらず、また、人びとの生活も全体としては20年前よりもはるかに向上しているという実感をもった。しかし、繁華街のど真ん中で物乞いをする老女が驚くほどおおかったり、党や政府の幹部の腐敗や賄賂にまみれた警察官への人びとの怒りの声なども聞いた。街を歩いていても交通マナーが悪く、何度もあぶない目にあった。観光地でも人の列に割ってはいるのが当たり前という実態や、1緒に訪問した人がスリに会うという被害にも現実に遭遇した。最近では、日本に滞在している1部の中国人による犯罪なども取り上げられ、「えっ、これが社会主義?」と疑いたくなる現象があまりにおおい。

 しかし、考えてみれば、この20年、急速な経済成長をはたしてきたとはいえ、ようやく中進国程度で、人人の生活もなんとかそこそこの生活ができるようになったという程度だろう。他方で、急速な経済成長にくらべて、法律や社会保障制度、民主主義、教育、道徳や社会的規範などが追いついておらず、さらに都市にくらべて地方がいちじるしく遅れ、バランスや社会的公平がくずれているといえるだろう。「小康社会」の全面的建設とは、やはり経済成長を基本としながらも、それにあわせて法律や民主主義、社会保障、教育、道徳などをも含めて全面的に発展させていこうという戦略だと受け取れた。



北京の下町の風景



実践による検証が重要


 このように書くと、「中国の党や政府の代弁者のいうことをそのまま額面どおり受け取ってはいけない」「資本主義化をさらにすすめるうえで、人人をごまかすための方便だ」という人がいるかもしれない。

 その根拠となるのは、急速に広がる貧富の格差や各地でわきおこる労働争議、民主主義の欠如などの現実である。

 問題は、こうした現実にたいして、政権党や政府がどういう方向をとっているかである。ブッシュ政権や小泉政権など、ちかごろの西側の政策担当者は、徹底した市場原理の導入で「勝ち組」と「負け組」が分裂し、少数の「勝ち組」が大多数の「負け組」を犠牲にして巨万の富をえることをむしろ良いことだとして、そのための具体的な政策を展開している。中国の政権党の場合は、すくなくとも貧富の格差など各種のアンバランスがある状態を非とし、今後はこの格差を是正する方向として「小康社会の全面的建設」をうちだしている。小平も、みんなが「等しく貧しい」よりも、条件のあるものが「先に豊かになることは良いことだ」と述べたが、その後は「先に豊かになったものが、貧しいものを援助し、みんなが豊かになる」とのべている。この違いをみておく必要がある。

 この方向が本当に実現するかどうかは、そのための具体的な政策がどれだけ打ち出され、実践されていくかである。それがなされず、1歩間違えば、ただの資本主義国とかわらない実態にもなりかねない。実際にどちらの方向へ行くのか、それは中国共産党の今後の執政能力にかかってくるだろう。

 われわれとしては、「人人をごまかす方便だ」と今の段階で決めつけるよりも、この方向が今後具体的にどう実現されていくのか、それによって問題となっている課題がどれだけ解決されていくのか――それを長い目で見ることが必要だと思う。

孫子の兵法の国


 「社会主義市場経済」や「科学発展観」や「小康社会」などは、かつてのマルクス.レーニン主義の教科書にはどこにも書かれていない論点である。だが、それを理由にして批判するのはもはや論外であろう。

 そもそも中国革命で毛沢東は、労働者ソビエトを中心とした”ソ連型”の革命モデルではなく、農民の土地革命を中心にした独自のモデルで革命を勝利させた。それが中国の実際に合致していたからである。そして建国後こんにちまで、中国が直面してきた問題は、マルクスやレーニンが想定していなかった問題であり、またかつての「ソ連型社会主義モデル」では解決できなかった問題である。その問題を中国が独自にあたらしいモデルで解決しようとしているのである。中国といえば、3国志の「孫子の兵法」にみられるように、きわめて大胆かつ創造的な戦略.戦術の国であり、私としてはその柔軟な着想にむしろ期待したい。ただ、これについても、それが現実に合致しているかいなかは今後の実践が証明してくれるものだと思う。

 いずれにせよ、中国の社会主義の動きについては、いろいろな資料の学習や直接交流などをつうじて、おおいに調査し、勉強していくべきテーマだと感じている。それは、われわれの未来社会を考えるうえでも、おおくの教訓があると考えるからである。

印刷用ページ このニュースを友達に送る
検索
テーマ別の記事(選択してください)
テーマ別の最新記事
[ HOME ] [ NEWS ] [ BBS ] [ DOWNLOAD ] [ LINK ] [ FAQ ]