メインメニュー
このサイトについて
話題のテーマ
出版物紹介
アクセスカウンタ
12101042

5515 :昨日
3339 :本日
会員専用ページ・ログイン
ユーザ名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録
職場の実態レポート : 仲間と助け合いながら働いている−−あるフリーターの思い
投稿者: rodo-info 投稿日時: 2005-9-20 21:31:00 (1304 ヒット)





 編集部は、福岡県在住の24歳のフリーター労働者から、仕事や生活の実態、日ごろの思いなどを聞くことができた。その声を紹介しよう。

仲間と助け合いながら働いている

あるフリーター労働者(福岡県在住・24歳)の思い


 学生の頃アルバイトのつもりで働きだした。大学にいってもキャリアにならない限り先は見えていると考え、生活のこともあって大学を中退してフリーターではたらくようになった。いま、3つの派遣会社に登録して、より良い職を求めて働いている。

 仕事のなかでいろいろな人人と接触できた。いま、24〜25人とつきあっているが相談しあい、助け合いながら仕事をしている。みんなは、中学、高校のときでも成績はまあまあで、クラブ活動は活発にやってきたが落ちこぼれではなかった。大人になって社会にでたら、「いつのまにか落ちこぼれになった」といっている。

派遣には人格が認められない


 一昨年は、箱崎の埠頭の倉庫ではたらいたが、花卉の荷おろしだった。花卉類がトラックのコンテナで運ばれてくる。それをおろして倉庫に入れる作業が、フリーターのわかものがやらされた。僕たちが運んだ花卉類を中年のパートの人たちが、大きさや花の種類に分ける。そこでは、仕事は荷がおおいときは8時から17時まで、荷の量がすくないときは8時から12時までで日給も4000円だ。荷が多いときには8時から16時までで日給は6000円だが、7000円もらえるものもいた。僕は7000円もらっていた。

 日通の下請の運送会社にもいったことがある。そこでは、その会社の社員が1人で、派遣されてきた青年が3人。この1組がグループで1日中引越しをやって歩くというようになっている。事務所の引越しもあれば、個人の家の引越しもある。作業は単純で力があればよいというような仕事だ。しかし、責任者の社員の態度にはハラがたった。自分は何も荷物を抱えず、3人の仕事ぶりを「あーだ、こーだ」というだけだ。ハラをたてて喧嘩でもすれば職を失うことになる。ここは我慢するしかない。この人も会社に帰ればまた上司からいじめられているのかもしれない。彼も自分のストレスを派遣の僕たちに向けてきているのではと、自分をいい聞かせて我慢していた。

 派遣には人格が認められない。この会社ではたらく前に、日本ハムの下請の工場ではたらいたことがある。そのもとに6〜7人ぐらいが1つのチームでハムの箱詰めの作業をしていた。工場内には、チームが10組ぐらいある。僕のチームには、34〜35歳ぐらいのリーダーがいて、このリーダーがメンバーのもののことをいろいろ中傷するし、自分の気に入らないものを口汚くののしり、チームのメンバーのものを対立させて、ぎすぎすした状況をつくりだす。僕は、とうとうがまんできなくなって、リーダーを店長の前につれていって白黒をつけた。すると、その店長は、僕にあやまってリーダーに注意をして、この事件は終わった。しかし、店長が「辞めないでくれ。リーダーにはよくいっておく」といったけど、僕は辞めることにした。

 去年のはじめにヤマダ電機で2カ月間はたらいたが、仕事の内容はさほど難しくはなかった。テレビ、冷蔵庫などの家電やカーステレオの説明をしてお客さんに購買意欲を持たせるように働きかければよいことだ。この仕事はそんなに苦にならなかった。給料は、日給制で1日に8000円で、勤務時間は午前10時から夕方の6時までだった。

風邪も馬鹿にはできない


 しかし、去年は僕とってほんとうに厳しい年だった。風邪をこじらせ39度の熱が2、3日も続き、会社を5日間も休むことになった。僕が病気で休むと、すぐに他の人が派遣会社から派遣された。後はいくらでもいる。風邪がなおっても僕の行く場所はない。病気になると職がなくなる。派遣会社から次の派遣先の電話を待たなければならない。収入はゼロだし、病院にいくのにカネはかかる。フリーターの収入じゃ、生活ができない。収入がないときには、インスタントラーメンばかり食っている。だから健保・年金を払うゆとりはない。病院には、1万円ぐらい現金を持っていかなければ医者にかかれない。僕たちのようなフリーターは風邪ぐらいといっても馬鹿にできない。

 そのあと派遣されたのは、自動車の部品をつくる日産の下請会社だった。勤務時間は8時から16時まで8時間勤務で派遣会社からもらう日給が7000円ぐらい。それを手にするのは、毎月25日でそれも手取りで15万円ぐらいにしかならない。この下請会社は、遠方にあるので毎日車で通った。高速にのっても片道1時間ぐらいはかかった。しかし、交通費はもらえない。高速代とガソリンは自分持ちなので、手取りは半分ぐらいにしかならない。ここも仕事が減ったからということでクビになった。

 いまは、明太子など海鮮食品の箱詰めの仕事についている。

希望が持てる仕事がしたい


 僕は、いま25人ぐらいのフリーターの青年たちと励ましあって、助け合ってがんばっている。

 何も人よりいい仕事につきたい、人よりいい収入を得たいなどと思っていない。ただ人並みの生活ができ、結婚して子供を育て楽しい人生を歩きたいというだけだ。いろいろ楽にカネを儲けることを考えてはいない。ソフトバンクの孫正義やライブドアの「ほりえもん」たちが宣伝されているが、僕たちと同じ福岡の出身だが彼らは天才だ。あんなまねはできん。僕たちのグループのほとんどは、親の家に同居したり、親にカネをもらったり「親のすね」かじりだ。だから生活も気持ちも不安定だ。

 僕たちのリーダーは、20代後半だ。フリーターだけでは、生活はできないので他の事業にも手がけている。僕らは、自立して生きていきたい。仕事が楽しく、夢と希望が持てる仕事がしたいと思う。

印刷用ページ このニュースを友達に送る
検索
テーマ別の記事(選択してください)
テーマ別の最新記事
[ HOME ] [ NEWS ] [ BBS ] [ DOWNLOAD ] [ LINK ] [ FAQ ]