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予定表 -詳細情報-

件名 山本宣治命日
開始日時 2018年03月05日 (月曜日)   (全日イベント)
終了日時 2018年03月05日 (月曜日)  
場所
連絡先
詳細 山本 宣治(やまもと せんじ、1889年5月28日 - 1929年3月5日)は、戦前の政治家、生物学者。京都府出身。

経歴
1920年に東京帝国大学理学部を卒業し、同志社大学、京都帝国大学の講師を勤めた。性科学の普及運動に尽力し、産児制限運動の指導者として活躍した。そのなかで左翼系の社会運動との関わりを強め、1927年には日本共産党系の労働農民党(労農党)の京都府連合会委員長となる。

1927年の第1回普通選挙(第16回衆議院議員総選挙)に京都2区から労農党候補として立候補し当選した。労農党からは水谷長三郎と2人の当選だが、山本は共産党推薦(当時は非合法のため非公式)候補であり、反共主義者の水谷とは一線を画した。

治安維持法改定に反対。1929年3月5日、衆議院で反対討論を行う予定だったが、与党立憲政友会の動議により強行採決され、討論できないまま可決された。その夜、右翼団体・七生義団の黒田保久二に暗殺された。

山本宣治を略して山宣(やません)と呼ぶこともある。

「実に今や階級的立場を守るものはただ一人だ、山宣独り孤塁を守る! だが僕は淋しくない、背後には多くの大衆が支持しているから・・・・」彼の碑銘でもある、帝国議会での治安維持法改悪反対の演説草稿の一節は、あまりにも有名。ただし、治安維持法改定に反対した者が山本一人という意味ではない。無産階級の代表としているのは、という意味である。

彼の生涯を描いた映画「武器なき斗い」(山本薩夫監督)がある。西口克己による彼の評伝『山宣』を映画化したもので、総評が中心となってその映画化に奔走し、勤労者などからのカンパによって映画化がなった。1960年の公開である。山本薩夫は、「人間の壁」も監督している。
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投稿者 rodo-info
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繰り返し 毎年 3
最初の予定 2013年03月05日 (火曜日)
最終更新日 2012年04月28日 (土曜日)
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