『労働通信』2000年7月号
6月に開催された朝鮮民主主義人民共和国の金正日国防委員長と韓国の金大中大統領の南北首脳会談は、南北朝鮮人民の悲願であった自主的平和統一への道のりを大きく前進させ、アジアにおける米日帝国主義の支配をうちやぶるうえでも有利な情勢をつくりだそうとしている。
南北首脳会談の成功は、こんご紆余曲折や逆流があるにせよ、南北朝鮮人民の悲願であった自主的平和統一へむけ、歴史の歯車が大きくまわりはじめたことをしめしている。
そもそも、朝鮮が分断されたのは、朝鮮の人人が南と北で対立したためにひきおこされたのではない。
第二次世界大戦で日本帝国主義が敗北したことにより、朝鮮人民は日本の植民地支配から解放された。連合国軍として、米ソが南北に進駐したが、朝鮮人民はみずからの力で建国をかちとるために建国準備委員会を結成し、1945年9月には「朝鮮人民共和国」の成立を宣言した。
だが、朝鮮南部を占領したアメリカは全土に戒厳令をひき、自主的な建国のための運動を弾圧し、48年には南だけで単独「総選挙」を強行し、かいらい政権として「大韓民国」をでっちあげた。アメリカ帝国主義は1950年には朝鮮戦争をひきおこし、その後も南に米軍基地をおいて南北分断を固定化してきた。
これは、戦後のアメリカ帝国主義の世界戦略の一環であった。その内容は、戦争で疲弊した日欧帝国主義を目下の同盟者として復興させ、ソ連、中国などの社会主義国を封じこめ、ほろぼすことであった。朝鮮半島はその最前線であった。
重要なことは、このアジア戦略のもとで、日本が兵たん基地となってきたことである。つねに「朝鮮有事」を目標にして、60年の「日米安保条約」改定、六五年の日韓条約締結、70年「安保」自動延長をへて米日韓軍事同盟が形成され、在日米軍基地は在韓米軍基地とならんでアメリカ帝国主義のアジア侵略の最前線基地・カナメ石となってきた。
このもとで日本独占資本は朝鮮戦争特需を契機に復興し、60年代以降、韓国への資本投下を手はじめに帝国主義へと復活し、世界支配へとのりだしてきた。
この間、1972年の南北共同声明など、何度か統一への動きはあったが、アメリカ帝国主義の干渉のもとで実現しなかった。アメリカ帝国主義の支配は南北統一の最大の障害となってきたのである。
今回、南北首脳会談が成功した背景には、米ソ二極構造が崩壊したあとのアメリカ帝国主義の世界戦略のゆきづまりがあげられる。
米ソ二極構造の崩壊後のアメリカの戦略は「関与と拡大」といわれる戦略であった。これは、核兵器をはじめとする最大最強の軍事力を保持し、日欧などの旧来の同盟国との関係をつよめ、ロシア、中国をいっそうふかく資本主義市場にくみこもうとするものであった。そのうえで軍事面の重点を「対ソ包囲網」戦略から、中東と朝鮮半島で同時に戦争がおこっても対応できる「二正面同時勝利戦略」へと転換した。
経済的には、IT(情報技術)産業や金融などで国際競争力をつよめ、IMF(国際通貨基金)、WTO(世界貿易機関)、世界銀行などをつかって途上国への経済的支配をつよめるというものであった。
だが、経済のグローバル化のなかで、アメリカ、ヨーロッパ、日本などの帝国主義同士の市場争奪はかつてなくはげしくなってきた。このなかでヨーロッパ諸国は、EU(欧州連合)の結成を軸に、独自の戦略をつよめ、アメリカ帝国主義へ対抗する方向をとっている。
資本主義が復活したロシアも、NMD(米本土ミサイル防衛)の導入などをめぐってアメリカ帝国主義との対立をふかめている。
WTOでは、他国を犠牲にしてみずからの経済的繁栄を実現しようとするアメリカの政策にたいして、途上国との対立のみならず、日欧などの帝国主義国との対立もふかまっている。そしてなによりも、シアトルのWTO首脳会議への抗議行動にみられるように、労働運動をはじめ各戦線でグローバル化に反対するたたかいがつよまっている。
このなかで、中国は「開放・改革」によって、社会主義の現代化をすすめ国力をつよめつつ、米欧、米ロの矛盾を利用しながら、アメリカ帝国主義の一極支配をつきくずそうとしている。中国がWTOに加盟すれば、発展途上国を代表して発言をつよめるだろうといわれている。
こうした世界情勢の変化のなかで、南北朝鮮もあらたな政策の転換をすすめている。
北朝鮮は、朝鮮半島分断の根本原因がアメリカ帝国主義の支配にあることを暴露し、在韓米軍の撤去と国家保安法の撤廃を前提条件に、連邦方式による南北の自主的平和統一をすすめるという立場をとってきた。
そのうえで、国防力を強化しつつ、対米交渉を中心とした戦略をとってきたが、経済的には非常に困難な状況におかれてきた。
だが、経済危機をある程度克服し、一方で対米交渉がゆきづまるなかで、昨年らい、イタリアやオーストラリアとの国交回復などの多角的な外交攻勢を展開してきた。そして5月末には、金正日総書記が中国を訪問し、中朝の結束をかためた。
中朝会談で金総書記が「中国の特色をもつ社会主義」路線への支持を表明したことから、こんご国内的にも、外国の資本、技術を導入しながら経済危機を克服し、社会主義の現代化をはかる路線へ転換する可能性が高まっているといわれている。
一方、韓国も金大中政権のもとで、いわゆる「太陽政策」を展開してきた。その背景には、南北統一をもとめる大衆の要求の高まりがある。そして、光州事件や民主労働運動の発展をとおして、かつて「反米闘争の真空地帯」といわれた韓国で、在韓米軍基地撤去、IMF反対など、アメリカをはじめとする帝国主義に反対し、自主的統一と社会変革をめざす民族民主運動が高まってきたことがあげられる。同時にそこには、経済危機のなかで、北朝鮮への投資や市場獲得をねらう韓国財界、その背後にある米日の独占資本の要求があることもみておく必要がある。
南北首脳会談が、朝鮮の自主的平和統一にとって大きな展望をきりひらいたことはいうまでもない。それは、韓国社会の変革をめざす民族民主運動に有利な条件をあたえ、北朝鮮や中国が社会主義建設をすすめるうえでも有利な情勢をもたらす。さらに、南北の自主的平和統一が実現すれば、在韓、在日の米軍や「日米安保条約」が存在する口実がなくなってしまうのだから、日本の「安保」破棄、米軍基地撤去のたたかいにも有利である。それは、WTOなどに反対し、帝国主義的グローバル化に反対する世界の階級闘争とも連動して、アジア太平洋地域における米日帝国主義の支配に大きな打撃をあたえるものとなるだろう。
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