『労働通信』2001年1月号
郵政三事業(郵便・貯金・保険)は二〇〇一年一月の中央省庁再編にともなって郵政事業庁へと移行し、さらに二〇〇三年には郵政公社へと移行する。そのもとで、職場では大「合理化」がおこなわれるとともに、これに抵抗する労働者をおさえつけるための抑圧がつよまっている。そして、中央省庁等改革法第三三条にもとづいて、郵政公社に「ふさわしい」労働者とそうでない労働者との選別がはじまっている。その実態は、「分割・民営化」直前の国鉄の職場とそっくりである。
「業務命令」が連発される毎日京都府・郵便労働者 |
わたしが勤務する京都のある郵便局では、さいきんとみに当局の管理者が強圧的になっている。
11月なかばから1日2回のミーティングと郵便体操に、朝は局長、昼からは副局長が参加して「一列にならべ、整列せよ」と号令をかけている。さらにその後、「いらっしゃいませ。ありがとうございました」の唱和も強制されている。
12月からは、連日「業務命令」が発令される異常な職場となっている。はじめは、「個人別期待値」(ノルマ)のゼロの人が対象のようで、二人の職員が「業命」をかけられた。夕方五時に貯金保険の事務室でべつべつにイベント郵パック営業の協力をうったえるように命じられた。一人は仕事がいそがしいので拒否。その後、新夜勤あけ四人のうち一人に「業命」がかけられるようになり、朝八時三○分になれば貯金や保険や総務の部屋まででむき、そこの課のミーティングに参加し、郵便体操と唱和をおこない、イベント郵パック営業の協力をうったえるよう命じられている。
他方で、日常の監視労働が公然とやられている。たとえば、新夜勤勤務者にたいしておこなわれたのは、管理者5人が泊まりこみ、労働者が22時のトラック便の到着を受けようと思い、21時50分に休憩をおえて便まちの準備をしていると、保険課長が「なにをしている。便まちはまだ早い。2階へいって配達区分をしてこい」と命令。そして、夜中の1時10分勤務解除で宿直室にむかうと、保険課長が「どこいくねん」とかならず威圧する。
朝になって、副局長と労務担当が出勤し、「調整早2」(6時50分〜16時50分の勤務)の勤務者Iさんをつかまえて「オイ、20分遅刻や!」とどなり、郵便の上席も同じように「遅刻や」と言った。そこでわかいE君が「Iさんは六時五〇分出勤です。遅刻ではありません」と管理者のまちがいを指摘した。Iさんが上席に「あやまってください。あんたがまちがったのだから非をみとめてください」と抗議すれば、副局長が「それが上席にむかっていう言葉か」と逆に怒ってきた。翌日、組合が暴言を追及したが、当局は「そんなことはいっていない」とシラをきっている。
さらに、午前3時44分到着の郵便物がおおいため、労働者はひごろから課長より、特定の種類の郵便物だけをさきに機械処理して、朝の配達に間に合わせるように指示されていた。当然、そうするとそれ以外の郵便物は処理できないことになる。
ところが副局長は、「きのうの晩の責任者はだれや。肩口をつかまえて、あとで局長室へつれてこい」と命令した。「それでよい」といっていた課長はなにもいわず、あとで現場責任者の総務主任だけが責任を追及され、非常勤の人からも文句をいわれるはめにおちいった。
どの郵便の職場もこのような状態である。労働組合の積極的な協力をうけて、2003年の郵便公社化へむけ郵政当局はまっしぐらに「合理化」効率化をおこなっている。それに文句や抵抗する労働者がいれば、わけのわからぬいやがらせをつづけ、挑発をおこなってくるのである。その挑発にのれば「差別選別」され、公社化時点の雇用は保障されない。国鉄民営化のときとおなじである。
こんな理不尽な企てをゆるさず、正当な抗議・要求をみんなでおこなわねばならないと考える。その一歩として、このかん一人ひとりがなにをいわれ、どう感じたのか、みんなが話をして教宣ビラや掲示板に意見をだそうとの声がつよまっている。
分会と親睦会を背景にたたかいを継続栃木県・郵便労働者 |
わたしは、郵便局で貯金・保険の仕事をしています。今年は10年前の定額貯金の金利のいいときの貯金が集中的に満期になります。満期のお客をつなぎとめるための「V21」というキャンペーンのために、超過勤務や非番の買いあげの連発で対応に追われている状況です。
そんななか、関東郵政局の安全(?)係長という担当官が、「職場活性化計画」(2001年の事業庁移行、2003年の公社化移行にそなえての危機管理で当局がやっている職場規律計画)の推進状況を視察するためと称して、朝礼で話をしていきました。
「今年の営業実績が公社に移行するときの法案づくりなどに影響するので、なんとしても赤字はだせません。もし赤字をだしたときは、全国で360万人の失業者をはじめ、世論がゆるさないでしょう。世論を味方につけるという意味でも、なにがなんでもがんばってください」。
この当局の発言を聞いて、職場のなかまからは「赤字をだしたときは君たち職員も職場を追われるぞ!というような脅迫的ないい方だったな」というような声もあがり、ここ数年来の公社化をにらんでの当局のなりふりかまわぬ態度がここでもまたでたというかたちになりました。
こういうことを当局が発言してもまかりとおるような職場状況は日常的に不断につくられています。いくつかの事例をあげると、
――というように、戦時中の滅私奉公となんらかわらぬような状況がつくられています。
一方、営業においては、「重点販売週間」といった営業の重点日が指定されていて、第二週が保険の「重点販売週間」で、第三週が貯金の「重点販売週間」になっています。そして、管理者は「重点販売週間にはあまり年休をいれないように」とむちゃな指導をしています。しかし、一カ月のうち半分が重点日指定、それも月初めと月末はただでさえいそがしいという状況のなかで、「いつ年休をとるんだよ」というなかまの怒りの声があがっています。
また、年賀状の予約活動(独占事業なので意味なし)やお歳暮小包の販売等も、「三事業一体」というスローガンのもと年年個人目標額をあげられています。前任局では、局長の「かもめーるを一枚も売らない職員はやめてもらいたい」発言により、四名の総務主任が降格願いをだすという事件もありました。
このように職場では、無人の野をゆくがごとく公社化をにらんだ職員攻撃が強化されています。それにたいし、労働者側は三年前から大大的にはじめられた「人事交流」という名の配転攻撃によりなかま同士の人間関係がきられているために、以前のような組合機能が発揮されにくい状況下にあります。現に二年前にわたしが転勤してきたときは歓送迎会すら当局指導でおこなわれており、自己紹介でも当局の管理者といっしょのため不本意ながら「慣れないのでよろしくおねがいします」と涙をかみしめてあいさつをしていたなかまが多数いました。
わたし自身は、「小学四年の子から『パパ、明日朝、早くて、いってらっしゃいっていえないから、ボクいまいうね』と夜、寝るときにいわれてしまった。やはり、人として生きるという意味では遠距離への転勤は考えものですね?」と自己紹介させてもらったところ、「よくぞ、いってくれた!」と転勤組のなかまが五人ほどきてくれて連帯をつよめることができました。
考えてみると前任局の分会のなかには、組合主導の親和会という仲間の冠婚葬祭・親睦を主とした組織があり、なかま意識の醸成と団結の強化に一役かっていたんだということを思いだし、現任局においても結成できたらと考えていました。さいわいにして本年五月一日より分会主導のもと親和会の旗をあげることができました。
この会をつくるときもやはりネックになっていたのは、組合員でありながらも管理者に役職上近い課長代理でした。課長代理のなかまから「管理者を排除するような飲み会や行事に参加していて管理者から攻撃されたりとか、また、なかまからアイツは管理者となかよくしているから、なかまはずれにするような目でみられたんではこまる」などの自己保身の発言などもでました。これにたいしては、いまの職場でやられている状況を説明し、最大公約数の運動(たとえば、ラジオ体操を時間前にするな!とまではいわないが、ラジオカセットのスイッチはいれない)に協力してもらえればいいということでハードルをさげて相互納得してもらい結成にこぎつけました。
現在は分会と親和会を活動背景として時間前のラジオ体操拒否をなかまとつづけています。