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『労働通信』2001年3月号


魅力ある社会・経済構造の展望が必要

自動車産業労働者 貝原 一

 今年の「春闘」は、「要求提出大会」に参加しないものはチェックするようにと、代議員の独自采配か、執行部のお達しかはさだかではないが、「きびしい情勢」をのりきるためにと異常ななかではじまった。

 「きびしい情勢」ということばは、毎年のように聞くが、今年は「工場閉鎖」「希望退職」「赤字決算」とあかるい材料はなく、とくに「希望退職」は今年の二月から募集がはじまり、一万人の対象者へ退職金の提示や個別の面談などがおこなわれ、「春闘」どころではない。「わしの同級生は二人やめるらしい」「面接で、わしはやめるからあとのことはまかしたという役職者がいた」「リストラ要員を選別し面接するのにはらがたつ」「これだけの条件をだせばやめる人間がおおいのでは」と、べつに聞かなくてもあちこちから耳にはいってくる状況だ。

 職場では、「職場討議をしたところでどうなるのか」と、ここ二年間職場討議をひらかない状況に批判があがらず、「春闘」にたいして「給料があがるにこしたことはない」「執行部でやってくれ」と傍観者的な態度である。しかし昨年の「春闘」では、執行部が「スト権投票も辞さない」と表明したことにたいして、「いまストをすると会社は給料をはらわんですむからよろこぶ」とじつに冷静な分析をする古参労働者がいたり、「一回ぐらいストをやってみたい」という青年労働者がいて休憩時間に意見がとびかうなど、組合員としての自覚はもっている。

 これからの「春闘」の動向はわからないが、下請では国際競争にさらされ、一次下請同士の合併や、組立工場の生産拠点の海外移転により部品発注がなくなり、行政と一体となって系列外の自動車メーカーに部品をうりこむなど、下請会社は危機的な状況にあり資本力のない下請会社は姿をけしている。そのような状況のなかでは、「下請は春闘どころではない」という声が聞こえてきそうである。また、組合のない職場や派遣労働者・契約社員など雇用形態が多様化する昨今では、「春闘」の枠外におかれた労働者はおおく存在するはずである。そこから考えると、労働者の組合への組織化と、「銭をあげろ」という闘争だけでなく、おおくの労働者や他の階層への影響をあたえる経済的な政治課題、たとえば消費税の問題などをかかげるような「春闘」も必要でないかと思う。

 そして、自分にもっともかけていると思うことに、「熾烈な国際競争」「産業構造の転換」などにより失業や不安定雇用労働者がまんえんする社会のなかで、魅力ある社会・経済構造をつくりだすために具体的に「なにをどうしたらいいのか」をつかめていないことである。「社会主義は経済的に問題がある」という問いには、「報道はごく一部で真実はわからない」「政治家に問題がある」とお茶をにごすだけだ。いまのまま自分ではよくやったとしても百姓一揆の先導者が精一杯だ。これからは、世界的な産業動向やおおくの大衆が必要とする国家・経済構造などを学習し、失速する経済状況を真に打開する道を考えていきたい。

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