『労働通信』2001年3月号
生活不安。将来への不安。
2001「春闘」をむかえたおおくの労働者の心情をひとことでいえば、このことばにつきるであろう。
大企業につとめていても、労働者はいつ首切りやリストラ、倒産のうきめにあうかわからない。能力主義、「成果・実績主義」の賃金制度のもとで、今年は高い業績をあげてまあまあの賃金をえたとしても、来年はどうなるかわからない。くわえて、年金や医療制度の改悪で、病気をしたときや老後の不安はつきない。
汚職と腐敗は、政財界、教育、労働組合をふくむあらゆる団体におよび、社会の閉塞感はかつてなくつよまっている。
おおくの人人はこうした政治に怒りを高め、この現状を打開しようと行動をはじめている。
今年の「春闘」は、当面する賃金や労働条件の改善のみならず、今日の社会のあり方を問いなおし、はたらくものが安心してくらせる社会をつくりあげるたたかいの一環としてとりくむことがもとめられている。
2001「春闘」をめぐる情勢と課題
2001「春闘」は、資本主義経済の危機がいちだんと深まり、リストラ「合理化」・首切りの攻撃、「成果・実績主義」の賃金の導入や、年金・医療の改悪、それにくわえてKSD汚職のような政治腐敗がまん延するなかでたたかわれている。おおくの人人は将来にたいするあかるい展望をもつことはできず、社会のあり方そのものを問いはじめている。
今「春闘」をめぐる情勢と労働運動の課題について考えてみたい。
今年の「春闘」情勢の重要な特徴は、一〇年以上にわたってつづいてきたアメリカの「ニューエコノミー」が破たんしはじめ、それが日本をふくむ世界資本主義の危機をいちだんとふかめさせ、国際競争をさらにはげしくしていることである。
アメリカは過去一〇年以上にわたって経済成長をはたしてきたが、その内容は投機やIT産業の肥大化によって日本やヨーロッパの資本をひきつけるとともに、規制緩和をてこに大量の労働者をリストラし、低賃金でいつでもクビをきることができる不安定雇用労働者をふやすことによって実現したものであった。だが、それは無制限に拡大する生産と消費との矛盾をひきおこし、IT(情報技術)の花形としてもてはやされた「ドット・コム企業」の株価はのきなみ低落している。
このことは日本やヨーロッパをふくむ世界資本主義の過剰生産危機をいちだんと深刻化させている。
二〇〇〇年の日本の完全失業率は四・七%(完全失業者数三二〇万人)で、一九五三年に調査が開始されて以後最悪の水準となった。二〇〇〇年の企業倒産件数(負債額一〇〇〇万円以上)も、一万八七六九件で前の年を二二・二%上まわり、負債総額は前年比七五・三%増の二三兆八八五〇億円にのぼっている。
アメリカ、日本、ヨーロッパなどの帝国主義諸国は、労働者、勤労人民にいっそうの犠牲をおしつけることによって、危機からの脱出をこころみている。この過程で、帝国主義同士による世界の市場や権益をめぐる争奪ははげしさを増し、「大競争時代」へと突入している。
日本においては、独占資本はこの危機的状況からの脱出のために政治・行政、経済など支配構造の全面的な改造をはかろうと躍起になっている。経団連の今井会長は、「ここにきて不良債権の処理がとまっている。かなり思いきってすすめるべきだ。……個別の金融機関が困難におちいっても、金融システム全体には影響がない」「いま必要なのは、政府も経済界も、きちんと構造改革をすすめることだ」とのべ、個個の企業や金融機関、業界などの破たんをおそれずに不良債権の処理や「構造改革」をすすめるべきだと強調している。だが、資本主義のもとでの「構造改革」は、こんにちの危機を根本的に解決できないばかりか、過酷な競争原理によって貧富の格差をますます拡大する以外にない。
森内閣と自民党は、KSD汚職や「機密費」疑惑にみられるように腐敗にまみれ、漁業実習船えひめ丸が米原潜グリーンビルに激突される事件がおこっても首相は二時間もゴルフをたのしんでいるという無能ぶりである。こうした森内閣への人人の怒りは高まり、支配階級のなかでも夏の参議院選挙前に森首相をやめさせようという動きがおこっている。
それは森首相個人の資質だけの問題ではなく、資本主義経済の危機のなかで、戦後の利権型の自民党政治が破たんし、政財界をふくむ日本の支配階級全体が腐敗していること、すなわち資本主義の基本的矛盾にねざす構造的な危機だといえる。
重要なことは森内閣が、通常国会の施政方針演説で、この危機の犠牲を労働者、勤労人民に転嫁するための反動的な諸法案・政策を実行することをうちだしていることである。それは独占資本、財界の意向であり、森首相が交代するかどうかにかかわらず重視しなければならない。
社会保障制度については、昨年一年間をとってみても、年金制度、雇用保険、老人医療の改悪がつづき、正式スタートした介護保険制度はじゅうらいの介護の水準を大幅にレベルダウンするものとなり、まさに「カネの切れ目がいのちの切れ目」となる現実がおこっている。
だが森内閣は、昨年一〇月に発表された首相の私的諮問機関「社会保障構造のありかたについて考える有識者会議」(座長・貝塚啓明中央大教授)の報告にそってさらなる改悪をすすめることを表明している。
この報告は、@負担のささえ手をふやす、A高齢者も負担をわかちあう、B給付のあり方をみなおし効率化する――などの方向をうちだしている。「負担のささえ手をふやす」具体的方策としては、高齢者や女性の就労を促進し、保険料をひろく徴収することを強調している。そのために、世帯単位となっている保険料の徴収のしくみを個人単位とし、現在は保険料をおさめていない専業主婦からも保険料をとるとともに、遺族年金を廃止することが検討課題としてあげられた。「高齢者も負担をわかちあう」方策としては、公的年金などの所得税控除を大幅に削減することや、医療費についても「一定の所得水準以上の高齢者」にたいしては、現役世代とおなじ負担(外来の場合は二割)をもとめる意見もだされている。昨年の国会で高齢者の医療費負担が一律一割にひきあげられたところであるが、この報告書どおりになればさらにその倍の負担が課せられることになる。
規制緩和については、森内閣は、二〇〇一年度を初年度とするあらたな規制改革推進三カ年計画をうちだすとしており、そのなかでIT(情報技術)、医療・福祉、雇用・労働、教育、環境などあらゆる分野に過酷な競争原理を導入する方針を具体化しようとしている。とくに経済構造改革のなかでは、全産業、全社会的な規模でIT化をすすめようとしている。それは、企業間競争をいちだんと過酷なものとし、中小零細企業のなぎ倒しや労働者へのリストラ、首切り「合理化」の攻撃をいちだんと加速させざるをえない。
教育の分野においても森内閣は、昨年の「教育改革国民会議」の報告にそって、教育にも競争原理を導入し、資本の競争力の強化のために「創造的な」活動ができる少数のエリートと、従順で低賃金ではたらく圧倒的多数の労働者をうみだす方向で「教育改革」をいっそうすすめることをうちだしている。また、殺伐とした競争原理の教育のなかでうみだされる教育荒廃や学力低下にたいする目前的な対処をするために、「愛国心」をはぐくむことや奉仕活動の「義務化」などをすすめるとともに、教育基本法の改悪もねらっている。
さらに重要なことは、森首相が今国会の施政方針演説において、有事法制の検討を開始することをうちだしたことである。それは、アメリカの世界戦略にそって、米軍の指揮のもとで自衛隊の機能と役割を強化しようとするものである。それは、アメリカが世界支配をすすめるために戦争を発動したさいに、自衛隊を動員するだけでなく、国内の民間空港、港湾、道路、輸送を軍事専用に総動員していこうとするものである。
二〇〇一「春闘」に直接かかわる動きとしては、財界の労務対策機関である日本経営者団体連盟(日経連)が一月一二日、かれらの「春闘方針」である「労働問題研究委員会報告」(労問研報告)を発表した。
その第一の特徴は、賃金や人事制度において「成果・実績主義」を徹底することを強調していることである。総会であいさつした奥田碩会長(トヨタ自動車会長)は「労働条件一般について、横ならびできめる時代は二〇世紀でおわったものと考えている」とのべ、全国的・産業別の統一的な賃あげ交渉を否定した。
「成果・実績主義」といえば聞こえがよいが、実際には企業の利潤追求のために労働者同士を競争にかりたてるものである。これによって高い賃金や労働条件をえられるのはごく一部の労働者であり、大部分の労働者の賃金、労働条件はおしさげられており、労働者全体の総額人件費は削減され、資本だけがその利益を拡大しているのが現実である。一昨年から昨年にかけて輸出が好調な情報通信関連や電機などの産業は経常利益を一一・一〜一八・五%の純増となっているが、その成果は労働者に還元されていない。
第二は、九年連続でベア・ゼロを主張し、「雇用の最重要視」を労使交渉の課題におくべきだとしていることである。そして、総額人件費の管理の徹底を強調したうえで、リストラなどで業績が回復した場合には、ベアというかたちではなく、@雇用の維持・安定にむける、A賞与・一時金として配分する――ことが妥当だとしている。
第三は、「賃上げより雇用を重視する」といいながら、雇用そのものについても、アルバイトやパートなどの不安定雇用を拡大していこうとしていることである。
報告は、中長期的課題として、派遣やパート、アルバイトなどの雇用形態とならんであらたに「短時間勤務の正社員」の導入を提案している。また報告は、労働人口が中長期的に減少するため、高齢者や女性、外国人の積極的な活用の重要性を指摘した。これは、昨年うちだした雇用維持のためのワークシェアリング(仕事の分かち合い)構想を一歩すすめたもので、経営効率の向上、雇用コストの軽減といった資本にとってのメリットをあげ、実現にむけた検討をうながしている。
こうした方向は、正社員は企業の心臓部分ではたらく少数の労働者だけに限定し、大多数の労働者を低賃金で無権利、雇用が不安定な臨時、パート、派遣労働者にかえていこうという「新時代の『日本的経営』」(九五年に日経連がうちだした構想)を具体化していくものである。
リストラや企業倒産、解雇、賃下げ、ボーナスの未払いなど労働者をめぐる事態はいちだんと深刻になっている。労働組合のおおくが、こうした下部労働者の悩みや要求にこたえられず、IT産業の「花形」ともいうべきNTTの労働組合でさえはやくも「ベア要求見送り」をうちだすなど、二〇〇一「春闘」をめぐるたたかいはきびしい情勢である。
だが、こうしたなかでも、今号で紹介している全日建運輸連帯労組関西生コン支部やJAMミツミユニオンの闘争などにみられるように、資本の規制緩和やリストラの攻撃にたいするあらたなたたかいがはじまっている。政治腐敗、生活不安にたいする広範な勤労人民の怒りは充満し、連合傘下の労働者や未組織の労働者のなかでも、この現状を打開しようと、表面にはあらわれていないが、真剣な努力を開始している。
「春闘」のなかで重要なことは、労働組合がこうした労働者、勤労人民の怒りと要求を結集し、労働組合がストライキでたたかう方向をめざして奮闘することである。
そのための第一の課題は、KSD汚職や外交機密費疑惑にみられる政治腐敗を糾弾し、医療、年金、介護などの社会保障の拡充や中小企業・農業支援対策などをもとめる政策要求、憲法改悪阻止、教育基本法改悪阻止、有事法制化阻止、「日米安保条約」破棄などの政治闘争をつよめていくことである。KSD汚職で、一五億〜二〇億円にものぼる自民党への政界工作の原資が、不況にくるしむ中小零細商工業者の共済掛け金――ひいては中小企業の労働者が劣悪な労働条件のもとでうみだした富の一部――であったことにたいしては、自民党の支持基盤であった中小零細商工業者から怒りの声がふきあがっている。労働組合が中小零細商工業者の怒りや要求をもとりあげていくことは、「春闘」にとっても有利な条件をつくりだすことになる。
第二の課題は、政治的なたたかいとむすびつけて、「賃金よりも雇用を」といった二者択一をせまるような議論をうちやぶり、賃金、雇用、民主的権利など職場での労働者のせつじつな要求を実現するたたかいを組織していくことである。
とくに賃金問題については、「成果・実績主義」「能力主義」の考え方や賃金体系とのたたかいが重要となっている。それはグローバル化のもとで「国際競争力」をつよめるために、労働者同士の団結を破壊し、一部の労働者をのぞいて大多数の労働者の賃金をきりさげる以外のなにものでもない。
この攻撃をうちやぶっていくうえでは、労働者が所属する企業の規模の大小や企業の業績、正社員やパートなどの雇用形態のちがい、個個人の「成果」「能力」、正社員やパートなどの雇用形態のちがいなどにかかわりなく、人間として最低限の健康で文化的な生活水準を維持していくのに必要な賃金や労働条件を労働組合が全国的・全産業的なたたかいのなかで要求し、社会的な相場を形成して、それを未組織の労働者をふくむ全産業の労働者に波及させていくたたかいが重要となっている。
このなかで、資本家と労働者のあいだには共通の利益はなく、労働者が団結してたたかわなければ、ますます賃金や労働条件がひきさげられることを具体的な問題をとおしてあきらかにしていく必要がある。おおくの労働者はこのかんの経験をとおして、非情な「企業の論理」への怒りを高めており、資本主義的搾取制度の本質をあばき、たたかいを組織する条件はひろがっている。
第三は、労働組合がたとえ反動的であってもそのなかで下部組合員の要求を労働組合に反映させる活動をねばりづよく継続するとともに、未組織の労働者の組織化を追求することである。
そのうえでは労働組合の支部、分会段階から、下部の労働者の声をあげていくために、アンケート活動や職場討議、組合機関紙活動などを重視し、労働組合での機関で方針を討議し、集団的な行動をつくりだしていくことがもとめられている。
組織されている労働者が未組織の労働者を組織するために奮闘することは重要な課題である。日本の労働者はわずか二一・五%しか組織されておらず、圧倒的多数が未組織である。この未組織の労働者は、そのほとんどが低賃金など劣悪な労働条件のもとにおかれ、しかも無権利状態のもとにおかれている。この層の組織がすすまないと労働組合の活性化、戦闘化をつくりだすことはできない。全力をあげて組織化のための活動を展開していかなければならない。
第四は、グローバル化がすすむなかで、労働者の国際連帯をつよめることである。こんにち、アメリカ、日本、ヨーロッパなどの多国籍企業は「国際競争」にうちかつために地球的な規模での合併・連携をすすめ、もっとも安いコストでの生産をすすめるために、国境をこえて工場の閉鎖、再配置などをすすめている。このもとで日本の国内工場の閉鎖は、その企業の労働者だけでなく地域の下請・中小零細企業や商店街、地場産業全体に深刻な打撃をあたえている。このもとで、日本の労働運動も世界各国でたたかわれているグローバル化反対をかかげた労働運動との連帯がせつじつにもとめられている。
第五は、労働者のなかでの学習活動を重視することである。とくに「能力主義」が横行するなかで賃金の本質と賃金闘争の方向をつかむための理論や「春闘」情勢などを学習するとともに、危機をふかめ腐敗にまみれた資本主義社会の本質そのものを問いなおし、それにかわって、労働者や勤労人民が安心してくらせる社会をどうつくっていくかを論議していくことが重要となっている。
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