『労働通信』2001年3月号
工場閉鎖に反対しミツミユニオンがストライキを決行
JAM・ミツミユニオン 吉田和男
JAM・ミツミユニオン(ミツミ電機・国内六社の組合員二八〇〇人)は、山形ミツミ鶴岡工場(組合員一六〇人)の閉鎖・首切りに反対し、会社側の「雇用の継続」回答後も闘争を継続している。
昨年一二月一八日の団体交渉で、会社から「三月末をもって鶴岡工場の閉鎖」が通告された。「希望者は他の二工場(天童、山形)に配転。配転に応じられない人には就職先を斡旋する」というものであった。
おなじ山形ミツミの工場とはいえ、山越えの約八〇キロもはなれた工場に通勤するのは不可能であり、家族をかかえた婦人労働者(約一四〇人)にとって転居もむずかしく、実質的な解雇通告であった。
ミツミユニオンは、過去の工場閉鎖反対闘争の経験から組合員の雇用をまもるのは「工場閉鎖の撤回以外妥協策はない」との立場を鮮明にうちだして、闘争にはいった。
一二月二〇日より、全支部(東京・神奈川・山形・秋田・栃木・茨城・福岡)で「解決するまで無期限腕章着用闘争」にはいり、一月一五日には全支部での二四時間ストライキを決行、その後も全支部で二週間の残業拒否闘争をおこなった。
一月二五日の団体交渉で会社側から「事業転換をはかり、雇用の継続をはかっていく」との回答がだされたとして、月末に設定していた四八時間ストライキとその後の時間外拒否闘争が解除された。ただし闘争は道なかばとして腕章着用闘争を継続している。「雇用継続」が回答されたとはいえ、工場の存続が明確にされないまま、この原稿を書いている二月なかばになっても会社側から具体策はしめされないため、鶴岡工場の組合員からは、執行部との個別面談で勝利の喜びではなく、不安の声がだされている。
ミツミ電機は、生産物をすべて電気製品会社に納入する、いわゆる部品メーカーであり電機大手の資本系列に属さない資本金約三〇〇億の総合部品大手企業である。国内約三〇〇〇人、海外約五万人の労働者にみられるごとく、東南アジアの低賃金の若年女子労働によって拡大・維持されてきた。今年三月の決算みとおしを売上高二六五〇億、経常利益一四八億円と発表している。
他の電機資本同様、ミツミ資本も六〇年代に拡大をつづけてきた国内の地方組立工場を、七〇年代以降東南アジア・海外への進出、生産移管にともなって、縮小・再編し、閉鎖をおこなってきた。九〇年代にはいっても、山形・余目工場の閉鎖(九五年)、長野工場閉鎖(九六年)、福岡外注工場・テック閉鎖(九九年)で長年ミツミ電機ではたらいてきた労働者の首を切った。
今回の鶴岡工場の閉鎖も海外に生産を移管した必然的?な結果である。現在国内にのこっている工場は、生産ラインの縮小で、製品開発技術や海外生産の応援、管理担当の比率が相対的に高くなっている。しかし三〇〇人をこえる人たちがはたらいていた鶴岡工場は、現在のこっている一六〇人がほとんど生産要員であり、技術・管理は山形、天童のみにおかれている。それゆえ、これまでも今回の工場閉鎖とおなじ理由で、九九年には一時休業、山形工場への一二人の転勤、昨年にはまったくの別会社・TDKへの五〇人の派遣(現在も継続)がおこなわれてきたのである。
今回の鶴岡工場閉鎖反対闘争は、これまでの工場閉鎖反対闘争とはちがった経過をたどっている。
組合中央が「労働者の雇用をまもるには、工場閉鎖を撤回させる以外にない」という立場を明確にして、工場閉鎖後もたたかいを継続できるよう鶴岡工場組合員の三ヵ月の生活費を準備したことである。
さらに、他の工場支部の組合員が、自分達の工場もいつ閉鎖されてもおかしくない状況におかれており、今回の闘争の結果いかんではさらにつぎの閉鎖がおこなわれるであろうとの意識から、ストライキ権の確立投票に高い賛成が投じられたことである。実際、一二月二五日に「本社・調布工場の二六日付け売却と二〇〇三年一月の移転」「移転先未定」と発表されたほどである。
こんにち、おおくの労働組合が「首切り・工場閉鎖はやむなし」の態度をとるなかで、ミツミユニオンの今回の反対闘争にたいするマスコミの関心も高く、山形地方では連日テレビ、新聞でとりあげられた。一月一五日のストライキには各支部とも地域連合やJAMからおおくの人が支援に参加する状況となっている。
鶴岡工場の組合員のなかには七九年の酒田ミツミの閉鎖反対闘争で組合中央が「会社が雇用を保証すると約束した」と翌日に設定していたストを解除して工場閉鎖を認めたため、三分の一以上の人がやめざるをえなくなったことを経験し、余目工場閉鎖のときには「鶴岡工場なら大丈夫」とのことばを聞いてきた人もいる。
「事業転換による雇用継続」の約束から、いまだなんの具体策もしめされず、鶴岡工場の存続さえ明言されない現在、おおくの組合員が不安な気持ちに追いこまれ、組合ビラにあきらめの声さえではじめている。
これまでの組合のたたかいの成果を確実なものとし、鶴岡工場組合員のせつじつな願いを実現させるためには、会社の具体策をまつことなく再度闘争体制をくみなおし、当初かかげた「工場存続による雇用の継続」をもう一度高くかかげることが組合にもとめられている。