『労働通信』2001年9月号
今年七月のジェノバサミットでもあきらかになったように、このところミサイル防衛構想をしゃにむに推進し、地球温暖化防止のための京都議定書の批准も拒否するアメリカにたいして、ヨーロッパ連合(EU)諸国の反発がつよまっている。この両者の対立は、市場原理万能主義のアメリカ型資本主義と、環境や雇用など社会政策を重視するヨーロッパ型資本主義の対立でもあるようだ。
『ニューズウィーク』誌(日本語版)七月四日号では、「欧州にひろがるスローライフ」という特集記事が掲載されている。その記事によれば、いまヨーロッパでは、アメリカ流の「ファストフードの悪」、「一年三六五日ねむらない」ライフスタイルに対抗し、グローバル企業から地場産業をまもりつつ、自然食品を堪能し、ゆったりとしたランチやディナーをたのしむという、「スローライフ」「スローフード」の流れがひろまっているという。
実際の政治のなかでも、昨年三月のEU首脳会議(リスボン・サミット)までは、資本・労働市場の規制緩和をすすめることで合意していたが、ここへきてEU諸国は大規模な企業合併や人員削減を規制する方向へと動いている。フランスのジョスパン首相は、九九年にタイヤメーカーのミシュランが大量の人員削減を発表したときはこれを容認したが、今年四月にイギリス系のマークス&スペンサーが一七〇〇人のフランス人従業員の解雇を発表すると一転して反対の立場をとった。そして、フランス政府は事前通告や協議なしに企業が労働者を解雇することを制限する法案を提出している。
労働時間短縮も大きな流れとなっている。フランスでは昨年、大企業による三五時間労働制が実施されたが、それでも一時間あたりの労働生産性は英米を上まわっているという。労働時間短縮は、ワークシェアリングによる雇用拡大にもつながり、他のヨーロッパ諸国でも時短がすすめられている。
『ニューズウィーク』誌は、こうしたヨーロッパの動きの背景として、「ヨーロッパがアメリカに匹敵する規模と富をもつ単一市場に変身しつつあるいま、『あたらしいヨーロッパ像』がかつてないほどもとめられている。アメリカ生まれでハイテク系のニューエコノミーにともなう強烈なストレスを目のあたりにして、欧州の指導者はついさいきんまで手本としてきたアメリカ型モデルに不信感をつのらせている」と指摘している。
こうしたヨーロッパのあり方は、日本の保守層の一部にも影響をあたえている。野村総合研究所(ヨーロッパ)社長の福島清彦氏は、『週刊東洋経済』のなかで、二一世紀には「アメリカ流の市場原理主義がその限界を露呈」し、ヨーロッパ流の「市場原理を盲信せず、市場原理を利口に活用していく思想」(市場活用主義)が主流となるとのべ、アメリカの市場原理主義に無批判に追随する日本の政策の転換をもとめている。
ヨーロッパ流の「市場活用主義」がいいのか、わるいのかの議論はべつとして、世界を席巻するかのようにみえていたアメリカ流のグローバル化、規制緩和、市場原理至上主義に一定のブレーキがかかりはじめていることはたしかである。
EU諸国の指導者にこうした政策をとらせている大きな要因の一つとして、ヨーロッパの労働運動の発展があることをみておかなければならない。
このことを典型的にしめすのが三五時間労働制をめざすねばりづよいたたかいである。このたたかいは、一九七九年にヨーロッパ労連が、@週三五時間労働制、A年休六労働週、B夜勤交替制勤務の五組三交替制、C六〇歳年金受給権、D一六歳までの非労働力化とリカレント休暇(学齢期にはたらかざるをえなかった労働者の学習権を保障する休暇)の五大要求を確認してたたかいをはじめたことに端を発する。それは、こんにちの高い生産力にみあった労働者の当然の権利だと位置づけられてきた。
八一年にはこれらの要求を公約にかかげた社会党のミッテランがフランス大統領に当選し、大統領令で週四〇時間制を三九時間制にあらためた。
八四年にはドイツのIGメタル(金属労働組合)などが七週間にわたるストライキをたたかいぬいて週三八・五時間の労働協約をかちとった。その後、ドイツでは八七年、八九年、九〇年のたたかいをへて、九五年から三五時間労働制にするという協約をかちとるにいたった。デンマークでも八六年に三九時間協約を一般化し、イタリアでも九〇年に金属で三七時間、銀行で三五・五時間〜三六・五時間の労働協約を締結している。
さらに規制緩和によって失業者がヨーロッパ全体で一〇〇〇万人をこえる状況になるなかで、ヨーロッパの労働組合は、賃さげなしの労働時間短縮によってワークシェアリングをおこない、失業者に職をあたえよという要求をかかげた運動を高めていった。このなかで、フランスでは世界ではじめて三五時間労働制を法制化し、実際に失業率を大幅にひきさげる成果をあげている。政府は、時短にたいする経営者の抵抗をすくなくするため、時短を実施した企業に社会保険料の企業負担を軽減する優遇措置をとった。
リストラや解雇にたいしても、ヨーロッパでは強力な社会的規制がはめられている。それは、九四年に欧州理事会が加盟国全体に適用される統一強行法規として、欧州経営評議会(EBR)設立指令を発したことである。これは、EUの多国籍企業のEU域内の事業所に、従業員代表から構成される経営評議会を設置し、経営側が人員削減や工場閉鎖などを実施する場合は、事前に情報公開し、労使協議をおこなうことを義務づけるものである。これに準じて各国の労働法がさだめられている。
これは労働者にとって一定の有利な条件をうみだしている。たとえばルノーは、資本参加した日産の工場閉鎖通告を労働者になんの事前通告もなく一方的に強行し、日産労組もほとんどなすすべがなかった。ところが、おなじルノーがベルギーの工場閉鎖を通告したときは、事前通告を義務づける同国の労働法に違反したとして、労働組合のみならず、ベルギー政府、EU当局までをもまきこんだ大反対運動となり、結局、裁判でルノーは敗訴した。
もちろん、労使協議制などの制度だけでリストラを阻止できるものではない。昨年一二月にGMが、EU指令に反して事前通告もなしにイギリスのルートン工場を二〇〇二年に閉鎖することを発表するや、GMの西ヨーロッパにある主要工場の労働者がいっせいに統一ストライキに突入した。こうしたヨーロッパ規模の大衆行動によって、GMは同工場での商用車生産を継続することを約束せざるをえなくなった。
さきに紹介した『ニューズウィーク』誌でも、ドイツのドット・コム企業でも、ネットバブルの崩壊でリストラの嵐がせまるなか、労働者が労働組合や経営評議会の設立へと動きはじめていることを報じている。
EU諸国の動向、とくにヨーロッパ労働運動のたたかいは、市場原理至上主義の小泉「改革」に対抗する日本の労働運動の方向を模索するうえで、今後おおいに研究していかなければならないテーマであろう。