『労働通信』2001年9月号
東ソー(大手化学メーカー)では収益力を高めるため、ここ一〇年のあいだに徹底した事業の効率化・合理化をはかってきた。とくに一九九九年から本格的に本体従業員の削減にとりくみ、分社化・出向・下請け化などにより一九九八年度末から約一〇〇〇人の人員削減をおこない、現在、本体従業員は二六〇〇人程度になった。
そして、ますます深化する資本主義の矛盾のなかで、東ソー経営者は、今後の経済見通しにきびしさを感じている。かれらは、経済のグローバル化により企業間競争が激しくなるなかで生き残りをかけてさらに事業の効率化を推進することを目的に事業構造改革本部を設置した。この事業構造改革本部は、きびしい事業環境のなかでも二〇〇億円の経常利益をあげることを目標にかかげている。具体的には不採算部門からの撤退、IT(情報技術)をテコにした物流と購買の効率化、下請け単価の切り下げ、さらなる組織の統合と本体従業員の削減の推進である。そして、下請け化・契約社員やパートの導入・外注化を推進することによって本体従業員から安い労働力への転換をはかろうとしている。
こうした流れのなか、本体従業員には少数精鋭の名のもと、多能工化が求められている。これらの施策は結果的にいっそう労働者に、精神的・肉体的負担を強いることは確実で、労働者をより低賃金でこきつかって利潤をあげていこうとする会社の意図がうかがえる。これには、国際会計基準の導入で財務の透明度をあげざるをえず、より投資家を意識した経営をしていかなくてはならなくなったという背景もある。
最近の動きで注目すべきことは、組織の統合にあたって、じゅうらいあったコンピュータ制御システム(DCS)を更新し、制御システムの高度化がはかられたことである。
いままで手動でおこなっていた操作をコンピュータによる遠隔操作でかんたんにできるようにしたり、シーケンス制御を充実させ、製品の調整・プラントのたちあげ・停止それに緊急時における対応を、より容易にできるようにした。このことは労働者に作業の軽減をもたらした。
あたらしいDCSはグラフィックなどを採用し、操作性もよく、リアルタイムにデーターが記録でき、その蓄積されたデーターから運転状況を把握し、データー処理や解析をすることも可能である。さらにそれをもとに種種の設定をすることによって、プラントの運転をより適切な状態にたもつことができるようになった。運転状態も、課のどのコンピュータ画面からでもアクセスしてみることが可能になった。それに時間ごとの記録や日報・月報(原料・電力消費量や生産量など記載)の作成がコンピュータによるデーター処理能力向上で、楽にできるようになった。
このように、高度化するコンピュータ制御システムは複数のプラントを集中して管理することを可能とし、これによって計器室の統合も大掛かりになり、加速している。
このため、効率上、コンピュータでプラントを制御・管理するだけの労働者とパトロールや現場作業だけの労働者とをわけ、さらにこの現場作業労働者を外注化して、弾力性のある賃金の安い労働者にかえていこうとする案がある。実際、すでに試験的に実施している職場もある。
このように、生産現場ではかつてのFA化(工場の自動化)の延長ではあるが、近年のコンピュータ技術のめざましい発展と企業間競争の激化により、一段階アップしたDCS化がはかられ、それがさらなる人員削減・労働賃金削減へとつながっているのである。
購買グループでも合理化がはかられ、南陽、四日市グループの東京集約化が行われた。また、関連会社の購買業務も集中する方向にあり、業務内容もプラント増強計画にさいしての機器や工事の価格折衝、発注にまでおよんでいる。これにより煩雑化する業務を最小限の人員増で補うため、東ソーではいまEDI(電子データ交換)化をすすめている。EDI化はおもに企業間でおこなわれる電子データー交換のことで、コンピュータを通じてことなる組織間で商取引をしようというものである。これによって製品・原料などにかんする情報が豊富に得られ、それにコンピュータ上での折衝で、より安価に欲しいものが入手可能となる。このEDI化で業務がより効率化され、経費削減になる。
物流グループでも、物流費削減を目的に業務の効率化が図られ、その効率化のひとつとして物流情報および物流技術の収集・共有化にLANシステム(社内のコンピュータ同士をむすびつけるネットワーク)やインターネットが活用されている。これにより、物流管理部門の再編成が可能となり、南陽・四日市の物流管理部門が東ソー物流に統合されることになった。
以上のように東ソーではコンピュータ・ITが事業効率化の一翼をになっており、それが労働者を削減する要因となると同時に、労働者に高度な知識・技術が求められる要因にもなっている。
東ソーでは一九九九年度、二〇〇〇年度とここ二年間にわたり、経常利益段階では史上最高を更新した(連結決算で一九九九年度二一三億円、二〇〇〇年度二四九億円)。しかし、従業員の大半はその恩恵を受けたという実感はない。むしろ、賃金もほとんど変わらない状況で、仕事がきつくなったと感じている。
総合職においてはサービス残業があたりまえになって夜遅くまで働いている人もめずらしくない。このような実態にもかかわらず、組合幹部は組合としての使命を忘れ、会社に協力的で、個個の労働者の問題もそれをとりあげて会社と交渉しようとする姿勢はみうけられない。それどころか経営者きどりのところがあって、一例では分社化によって出向した従業員の労務費の一部を東ソーで負担すべきではないと見当ちがいのことをいったりしている。このように東ソーの労働組合はまったくその機能を果していない。そのため労働者は不満や疑問をもっていくところがなく、個個が分断された状態のなかで、会社にいいようにあつかわれているというのが、いまの東ソー労働者の実態である。
労働者のあいだでは賃金があがらないのに仕事が忙しくなることに疑問を感じている人も一部にいるが、団結してどうかしようというところまでにいたっていない。
新賃金制度によって個個の労働者の賃金格差が広がり、それが上司の裁量ひとつで決まるとなると、真っ向から会社の批判ができにくくなり、それが労働者の団結をむずかしくしている。四〇代後半以上の年齢の労働者からはときおり、過去ストライキを経験していることもあり会社への批判・不満が聞かれることもあるが、わかい労働者は労働者の権利はおろか労働組合の存在意義さえ知らないものがおおく、会社への批判を口にするものはほとんどいない。不満は仕事が忙しくなったぶん、「仕事をしないもの」への個人攻撃にむかっている。
経済のグローバル化がさけばれるようになって、どこの企業も生きのこるため、徹底したリストラ「合理化」をおしすすめている。東ソーもまたそうしたなかにある。
国際的企業間競争に打ち勝つため企業体質を強化すべしという会社側の思想が労働者に浸透すれば、一企業のなかでの賃金・改善闘争だけでは労働運動は閉塞化してくる。労働においてますます肉体的・精神的負担が増すという事実、年金・退職金などの目減り、リストラによる将来への生活不安があるという事実、そしてこれらの問題が一企業の労働者だけではなく世界中の大半の労働者にふりかかっているという事実、これだけの生産力があるのに労働者は貧困化しているという事実。これらの事実がなんでそうなるのかしんけんに考え、それを労働運動につなげていくことが、いまの労働運動の閉塞感を打開する糸口になると思われる。個個の会社はみずからの収益をあげることしか頭にない。まさにそれだけといってよい。収益をあげるその施策がさらなる矛盾をよんで社会がおかしくなってもまったくおかまいなしである。これが資本の本質である。
労働者も労働者の視点からグローバル化をとらえ、世界的に労働者が団結し、労働者の辛苦の根源というべき資本主義体制に労働者が終止符を打たないかぎり労働者に未来はないということを悟ることだ。
そしていま、その胎動を資本主義みずからが労働者の潜在意識のなかにつくりだしている。よりおおくの労働者がいつそれを自覚し、発展させるか、労働者階級の勝利はそれにかかっていると思う。