『労働通信』2001年11月号
デビット・リーン監督の名作のひとつである『アラビアのロレンス』をひさしぶりにビデオで見た。べつにアメリカでの「同時多発テロ」で中東問題が注目を浴びているからではないが、たいへん参考になる作品である。
トーマス・ロレンスは、中近東を専門とする考古学者であり、その腕をかわれて、イギリス陸軍中尉としてカイロに赴任する。彼にあたえられた任務は、第一次大戦中当時ドイツ側についていたトルコからスエズ運河を防衛するために、アラブ民族の反トルコ運動を扇動することだった。そのため彼は、ベドウィン(アラブの遊牧民)の一族・フセイン家のファイサルにあう。彼は、自分のたたかいがアラブ人を解放するためのたたかいと信じて疑わなかった。しかし、イギリスやフランスの帝国主義は、「バルフォア宣言」や「サイクス・ピコ条約」、(バルフォア宣言とは、パレスティナにユダヤ人国家をつくることを公認した宣言、サイクス・ピコ条約とは、英仏の外相が東アラブの分割支配をとりきめた秘密条約)などで、好き勝手にアラブ人を支配しようと策動していた。
ロレンスはこれに失望。むなしくアラビアを去ることになる。
この映画を見て理解できるのは、俗に「アラブ、イスラエル二〇〇〇年の対立」といわれているが、これには何の根拠もないということである。
もともとこの土地にすむ人人は支配者であるイスラム教徒に税金さえ払えば、どんな宗教を信じていてもべつに差別されることはなかった。
しかしイギリスをはじめとする帝国主義が、植民地として中東を獲得し、列強の利害が入り乱れるなかで、帝国主義が勝手に「ここはイラク、シリア、ヨルダン」などと国境をひいて自分たちの勢力圏に分割してしまったのである。ロレンスの活躍した時代は、そういう時代であった。その極めつけは、アメリカ・イギリスに後押しされたシオニズムの信奉者が、第二時世界大戦後、イスラエルを建国したことにある。これは先にのべた「バルフォア宣言」の実行であったが、同時にアラブ人をパレスティナから追放することでもあったのだ。
こうして「アラブ対イスラエル」のたたかいがはじまるのである。
ロレンスのアラビアにたいする情熱、それを利用し、トルコを敗北させるだけでなく、戦争を利用して中東を分割しようとする帝国主義(おもにイギリス)の策動、これらを知る上で一度は見ておくべき映画だ。
現在、ビデオはもちろんDVDでも販売している。