『労働通信』2001年11月号
| 本誌では、ヨーロッパの労働事情を知るための題材として、ベルギー在住の佐久間京子さんに、欧米で話題をよんでいる「社会的責任投資」について投稿をよせていただきました。 佐久間さんは、ベルギーのエティベル・ストック・アット・ステイク社という、企業の社会的責任を調査・評価する専門会社で、日本企業の調査やコンサルティングなどをされています。 |
ここ二、三年の間、欧米では新しい企業株式への投資手段がブームを呼んでいる。その新しい株式投資手段とは、企業の財務面の優越性のみならず、企業の環境問題への積極的取組や、従業員の仕事満足度、従業員に評価されるような方針と取組、地域社会への福祉貢献などを総合評価指標に取り入れ、その上で総合点の高い企業へ投資しようという試みである。この新型投資の「社会的責任投資」というツールを題材に、米国あるいは英国を含むアングロ・サクソンと欧州の社会的相違について、ベルギーに住む外国人として感じたことも含め論じてみたい。
実際、このタイプの投資の起源は米国にある。一九二〇年代に、キリスト教会の基金を酒、タバコ、ギャンブルに使うことはキリスト教の倫理に反するとして忌避(きひ)されたのをきっかけに、一九六〇年代には環境問題や人権、または原子力問題と社会的関心が拡大し、企業に対し社会的責任を追及する動きが活発になり今日に至っている。
一九九〇年には、米国で初めて「社会的責任投資」株式インデックス(目録)である米企業四〇〇社からなる Domino インデックスが登場し、企業年金401Kの導入とともに一気に人気を集めた。一九九九年には、機関投資家の投資する約二兆ドル強のうち、八ドルに一ドルが社会的責任を基準に選択されていると言われている。米国では強いモラル意識によって非倫理的な企業行動が定義づけられ(原子力、軍事契約、アルコール、タバコ、ギャンブル、兵器等)、定義内の行動をとった企業や、その産業に属する企業には投資をせず、倫理的産業のなかで、より地域社会への献金・寄付、労働者の権利保護に優れている企業を選択するというのが主流である。
さて、同じキリスト教の歴史を持つ欧州ではどうであろう。確かに同じアングロ・サクソン系の英国では、欧州大陸と比べ社会的責任投資上、非倫理的に行動する企業或いは産業が投資の対象から除外される方法がとられることが多い。英国でも企業年金投資市場の規模が大きいため、このタイプの投資市場が欧州全体(約一〇〇億ドル)の四分の一を占める。
欧州ではこのように特定産業を倫理的理由から除外するという方式はあまり歓迎されていないし、焦点とされていない。社会的責任論議がほとんどの場合、環境問題への取り組み方と従業員・労働者の権利に集中している印象を受ける。これは、労働者の社会保障制度と労働市場の流動性の相違が大きく関与していると思われる。
まず、欧州政府が解雇に慎重な姿勢を示す理由の一つに、労働市場が流動的ではないことがあげられる。欧州域内市場といっても、米国と比べ言語や文化の違い、更には企業年金の域内トランスファー制度(欧州内の他地域の企業に転職しても、これまで加入してきた企業年金を継続できる仕組み)が年金税制の違いからまだ成立していない事等、障壁が多い。米国のように解雇された後にすぐ職探しに国内移動したり、移動しなくてもすぐに求人広告にめぐり合うといった流動性は見られない。
次に、社会保障が企業への課税によってファイナンスされていることである。税の種類は失業保険、健康・労災保険、老齢年金と大枠に分けられるが、現在では労働への課税率は給与の四五%近くにのぼる。ちなみにベルギーでは、給料カテゴリーにより差は多少あるものの、給与の五〇%が各種税として差し引かれ、同じく給与の五〇%相当額が企業側の社会保障負担になっている。
また、欧州では従業員・労働者解雇に抵抗があるのも解雇にコストがかかることが大きく影響している。米国では解雇時に解雇保険の支払い義務がないが、欧州企業は解雇時の支払額(五年勤続)が、多い国で一八から二四ヶ月分の月給(イタリア)、多くの国が七から一二ヶ月の間で支払い義務を課している。
さらに、大企業に対しては一九九四年よりEU指令により労働評議会の設置の義務がある。英国は社会・労働政策に関する指令にはオプト・アウト(辞退)する権利をもつため、英国企業には義務が課されていない。ベルギー、オランダ、フランス、ドイツ、オーストリアに関しては、指令発効以前より労働評議会(Works Council)が存在し、労働者が経営情報へアクセスしたり、交渉する権利を持っている。加えてベルギーでは、ルノーのヴィルボルデ工場の閉鎖事件が社会的問題視されたためルノー法が成立し、解雇を伴うリストラにおいては企業は対外的に発表する前に従業員に通告することが義務づけられている。また、労働評議会への経営情報の開示義務が詳細にわたり法制化している。
年一回開示は、雇用体系別従業員数、離職及び解雇された従業員数、性・年齢・職種・配置別新期雇用者数、社内異動者数、年三回開示は雇用に関する政策目標の達成状況、そして臨時開示はリストラ等に伴う社内構造変化の説明、パーフォーマンス(財政問題)に関する情報、新規IT関連技術導入に関する情報とこれに伴う研修・教育プログラム、衛生安全及び仕事形態・労働条件に及ぼす影響が義務付けられている。更に一般向けにレポート形式での開示が義務(Social Accounts)づけられており、政府が雇用状況及び企業の雇用維持努力(研修・教育)及び雇用創出努力の把握するツールであると同時に、弊社のような企業の社会的責任調査会社にとり貴重な情報源となっている。
フランスにも従業員の情報の時期的優先権(従業員がリストラなどの経営情報を市場向けの発表よりも早く知る権利)や、経営評議会への定期的経営情報開示と一般情報開示義務に関する法律がある。一方、英国では最近のマークス・アンド・スペンサーの欧州大陸支店の大規模閉鎖と従業員解雇事件でも明らかなように、上記のような法的義務がないため企業側の解雇コストの意識が薄い。同社には労働評議会はなく、解雇計画も株式市場向けに開示した一五分後に従業員に伝達がされ、欧州大陸全体で大きな社会的問題となった。最終的には法廷闘争にはならなかったが、フランスとベルギーでは同社の行為が法律に抵触するとの圧力があった。こういった市民社会の圧力を受け、同社は労働者代表と協議を余儀なくされた。もちろん、労働者の権利保護が厚い国にはいいことばかりではない。労働者の権利行使があたりまえとされているベルギーでは定期的なスポーツイベントのごとく秋になるとストライキのニュースが飛びかう。
以上のように企業の社会的責任を問うときに欧州では政府、一般市民、企業の全レベルで論議が展開されるのに比べ、米国と日本では企業の社会的責任問題は企業の問題と見られている。年功序列のもと従来従業員に手厚いと言われてきた日本企業の人事政策だが、人員削減、雇用形態の変化(有期やパート雇用、海外進出先の現地雇用の増加)と失業率の上昇に直面した今、日本での論議が政府レベルで活発になり、また社会的責任投資というツールが投資家や年金契約者の中で根付いていけば、市民社会の成熟へ一歩を踏み出せるのではないか。