| このコーナーでは、『労働通信』の読者、現代労働問題研究会(準備会)の会員のみなさんから、職場、地域で取り組んだ昨年の活動をふりかえり、2002年の課題について投稿をしていただきました。 | ![]() |
『労働通信』2002年1月号
米同時多発テロ事件を発端に、マスコミはウサマ・ビン・ラーディンをかくまっているとされるアフガニスタンのタリバーン政権の「公開処刑」「女性就労の禁止」などの政治支配の映像を流し、タリバーン政権の転覆をはかる一翼をになっている。ほとんどの人がみて「国民に支持されているのか」と、大衆から浮きあがった印象をうけるだろう。私がみても、あまりにも強権的な政治支配に疑問を感じる。
ある日のことである。仕事を終え、ロッカーで着替えをしていると、後輩が「あっ、タリバンがいる」というではないか。親愛の表現だと思い、「いいかげんにしろ」と苦笑いでかえしたが、内心ショックであった。
後日、私をよく知る知人に、そのことを話すと大笑いされた。「おまえ、『ふつうの人』になったつもりでいたのだろう」「最近、あいつはアフガンのことでよく冗談をいったりするが、いままでのことだけでなく、日々の行動にも問題があるんじゃないか」と問われた。
たしかに、「集会参加のよびかけ」「機関紙購読のよびかけ」などだけにあけくれたり、教条的な政治論議を職場でおこなう活動は大衆の利益にならない。これからは、労働者の実際から出発するためにも、人間関係を築くことを重視しなくてはならないと日夜努力してきた。
しかし、日常の態度や行動を思いかえすと、職場のミーティングでは、職制に「そりゃおかしい」と先頭をきって発言したり、なにか問題ごとがおこると、ここぞ出番とばかりに、「ヨシッ、なんとかしてやろう」と先陣をきって行動にでるなど、日常業務では職場の同僚の認識や意識などおかまいなしであった。
まわりの労働者の目からは、「派手な政治活動はしていないようだが、いままでと職場での態度はあまりかわっていない」とうつり、いつまでたっても「危険人物」のレッテルはつきまとい、時節柄「タリバン」とよばれてしまう。職場の仲間から浮きあがってはいけないとわかっていても、長年しみついた「自分のスタイル」をかえる難しさと、同時に地道な活動の困難さから、「何かいったり、何かすれば」活動家としてのメンツがまもられたような気分になっているのだと思う。
労働組合活動の「春闘」でさえ、職場集会がまともに開かれない現状のなかで、どう労働運動を構築していくかを考えると職場での言動や行動は真剣に問いなおさなければならない。
そして、「これから世の中はどうなるのか」と社会不安をいだいていても、「どこの政党が政治をやってもおなじ」と政治不信をいだく人人の意識を考えると、だれもがもっとも身近に接している職場はもっとも重視すべき拠点であり、地味で地道な活動によろこびがいだけるようになりたい。
それとともに、趣味などをつうじてまわりの労働者との関係をふかめることも継続させたい。最近では、二〇歳代の労働者との結びつきも深まり、職場での悩みから、道路公団の民営化など、幅広い内容を話せるようになった。今後は、青年層がいだいている「仕事にたいするやりがい」などの要求に応えられるよう、より実践的にふみこんでいこうと思う。