『労働通信』2002年1月号
足立実氏講演の骨子(以下は『労働通信』2002年3月号に掲載) |
はじめてお目にかかります。
さきほど、三人のかたから職場の状況をお聞きして、きょうは勤労感謝の日だが、あとの三六四日は労働者がいじめられていることが、あらためてよくわかった。
はじめに自己紹介したい。私は敗戦のとき、中国にいた。中国革命に参加して、二九歳で日本へ帰り、機械の組立・仕上工になった。最初の八年間は、企業内御用組合で活動し、あとの三十数年間は地域合同労組の東京東部労組で活動してきた。
きょうの講演会のテーマとして、主催者から、@反動的労働組合のなかでいかに多数派を形成していくのか、A日本労働運動の大方向、という二つのテーマをいただいている。私は、まず最初に日本労働運動の大方向について話し、つぎに反動的労働組合のなかでどうたたかっていくかをお話ししたい。二番目のテーマについては、東京東部労組の結成以前の、私の企業内御用組合での経験をお話ししたい。
私は九八年に組合の現役をおりて、九九年から「二一労働者大学」の講師をつとめてきた。ここでは二年半にわたって学生とともに、マルクス主義の哲学、日本史、階級闘争の歴史などについて勉強してきた。
二年半の勉強のなかでわれわれが得た結論は、「すべての道は社会主義に通じている」ということです。
@社会主義は人類発展の法則
第一は、社会主義が人類発展の法則ということだ。
日本ではだいたい約六○万年前から人が住んでいたことになっているが、当時は原始共同体であり、やがて生産力が発展して階級が生まれる。そして奴隷制社会から封建制社会へと発展していく。だいたい鎌倉幕府の時代です。そして明治維新、これは封建制社会から資本主義への大革命だ。なぜ「明治革命」といわなかったのか。「革命」という言葉は支配者にとってはつごうが悪かったから、将軍様が天皇にかわっただけで、「お上」にしたがうということにおいては、今までとなにも変わらないということにしたのではないか。
いまの時代になると生産力が高度に発展して、すべての企業が社会事業化している。日産がリストラすれば日産だけではすまない。下請会社が二万何千あり、たくさんの人が失業する。つくった自動車も、何百万、何千万という人の直接の利害にかかわっている。日産自体が一つの社会事業である。これが時代の特徴です。
このような企業に適合した運営形態は、社会的運営です。しかしながら、一部の人の利益のために会社を運営しているために、いろんな矛盾がおきている。雪印乳業でも、経営を労働者と牛乳生産者、消費者などの人たちが運営していれば、あのような事件は起きない。
人類歴史の発展法則がしめすところによれば、社会事業化した生産力にふさわしい生産関係は社会主義です。
A社会主義は階級闘争の到達点
二番めに、私たちは階級闘争史も勉強した。日本の資本主義はイギリスの産業革命から一〇〇年くらいおくれている。労働組合もイギリスからはじまったので、階級闘争史はヨーロッパからはじめた。
労働者は二〇〇年らい、搾取と貧困からのがれようと、一貫してたたかっている。はじめは、自暴自棄的なたたかいだ。戦略も戦術もあったものではない。工場をぶっこわしたり、火をつけたり、にくい職制をぶっ殺したり、硫酸をかけたりと、こういうところからはじまった。
しかし、これだけやっても処罰されるだけで、さっぱり良くならない。そこで発見したのがストライキです。
ストライキをやると資本家はこまるから、要求を獲得できるわけです。ストライキ権を確立するために、団結権獲得の運動をやった。ストライキだけでは問題は解決しないからと、今度は選挙権獲得の運動をやる。しかし、選挙権もなかなか獲得できないから直接自分たちが実力で政府をつくれということで、フランス、イギリスあたりで武装蜂起して政権をにぎった。
しかし当時の労働者は、字が読めない。知識水準も低く、政治経験もない。だから進歩的な資本家に政権運用をたのむ。大臣が九名いたらそのうち二名ぐらいが労働者の代表で、あとは資本家といったかたちです。この資本家が裏切ってしまう。そういう時代的背景のなかで、マルクス主義がでてきた。
マルクスは、労資連合政権は失敗したので、労働者が直接権力をにぎらねばならないと訴えた。そのような経験をつんで初めて成功したのが、パリ・コミューンです。
これは世界ではじめての労働者の単独政権であったが、残念なことは、わずか七二日間しかもたなかったことだ。資本家の報復にあってつぶされた。その敗北の教訓のなかからたたたかいの戦略、戦術をたてて、労働者の闘争を勝利にみちびく階級政党が必要だということが議論され、ヨーロッパ各国に何十というマルクス主義政党ができるわけです。
その一つであったロシアの社会民主労働党が、一九一七年に十月革命をおこして、ロシアに社会主義政権を確立した。これは、世界人類史上はじめて被搾取階級が搾取階級を打倒して搾取を消滅するという革命であり、偉大な勝利であったと思う。
その後、ソビエトは解体したが、社会主義革命が階級闘争の到達点ということにかわりはない。
労働者が、搾取、貧困からのがれるためにたたかい、敗北し、またたたかい、失敗し、またたたかう。そういう勝利と挫折をくりかえした到達点が社会主義です。
B「聖域なき構造改革」を徹底してやろうとすれば社会主義
小泉は「聖域なき構造改革」のスローガンで首相になった。二〇〇一年のはじめ、朝日新聞の世論調査では、「今の日本をかえたい」が八二%、森内閣の支持率はわずか九%だった。小泉が「聖域なき構造改革をやります」「これに抵抗すれば自民党といえどもつぶす」「いったことは必ずやる。できないことはいわない」といって首相になった。そしたら支持率は八四%になった。
私は「聖域なき構造改革」はいいスローガンだと思う。「聖域なき構造改革」を徹底的にやれば革命だ。国民の八四%が実質的に革命をもとめているということです。いま、抵抗勢力がわあわあといっている。外務省の官僚が反対する。国土交通省が道路公団をつぶさせまいとして抵抗している。自民党代議士の多数も小泉にさからうと不利だからだまっているが、腹の中はちがう。
「聖域なき構造改革」のためには、政治家の票田、資金を絶つ以外ない。雪印の問題のように、労働者、牛乳生産者、利用者で企業を運営すれば自民党の票田にも資金源にもならないようになる。
石川島播磨重工なんかは、業務命令で公明党の選挙運動をやっている。カネもだすし人もだす。大企業を全部改革しなければいけない。大株主の株券は労働組合が管理する。「構造改革」を徹底的にやろうとすれば、社会主義だ。
だいたい選挙制度がだめだ。四日前に私は、『レーニンと労働組合』(「労働通信」編集委員会出版)の著者の呂嘉民氏と会っていろいろ教えてもらってきた。かれがいうには、議会制民主主義と、レーニンのソビエト制度とはまるっきりちがう。
議会制民主主義は、多数政党制で、選挙で代議士を選ぶ。この議会制民主主義が日本人民を支配する道具になっている。ところが、レーニンがいっているのは、労働者はどこからも干渉されないで、労働組合が労働者の代表を国会へおくりだす。農民もどこからも干渉されないで選挙をやって農民の代表をだす。知識人、学者などもおなじく、それぞれ代表をおくりだす。これがソビエト制度というんだ。
人類が資本主義で議会制民主主義をつくりだしたとすれば、社会主義ではソビエト制度となる。ほんとうに「聖域なき構造改革」を徹底してやろうとしたら、こういう労、農、自営、知識人の代表で構成する議会にかえなければならない。
それから官僚がいまの日本の実際の政治、行政をにぎっているわけだから、官僚は選挙制にする。課長はその課で選挙する。
外務省の幹部は外務省の職員の選挙で決める。今度、外務省で何億円ものカネを飲み食いにつかったことが発覚したのは内部告発のようで、二〇〇人の処分となった。選挙で次官・局長を決めれば、みんな知っているので「あいつは幹部失格だ」となる。官僚の選挙制はソビエト政権の初期にやったやり方です。
以上、私は三つのこと――一つめは社会主義が人類歴史発展の法則である、二つめは階級闘争の到達点は社会主義である、三つめは小泉の「聖域なき構造改革」をとことんすすめていけば社会主義にいきつく――という話をした。ということはすべての道は社会主義につうじている。したがって、日本の労働運動の奮闘目標は社会主義だということになるということです。
日本で実際に社会主義をどうつくるのか。これがだいじな問題です。何千万人という民衆をいかに結集して革命を成功させ、社会主義を建設するかという問題です。
私は、そのためにしなければならない仕事が四点あると思っています。参考にしてもらいたい。
@平和、民主、生活をまもるためにたたかう
毎日、毎日、われわれがうけている攻撃と苦しみ――さきほどの三人のかたの報告のような――にたいして、平和、民主、生活をまもるためにたたかうことだ。たたかいをつうじて人民を結集し、敵を弱め、革命をおこなう力を蓄積していく。質的量的に蓄積していく。いまは圧倒的に支配階級が強くて、人民の方が弱いから支配されているが、この力関係を逆転させる以外にない。一生懸命その力をつくっていかねばならない。
これは可能です。たとえば、生活をまもるといえば、経済闘争です。リストラ、賃下げがやられている。私たちの組合でもそうだが、リストラされたり一〇%の賃下げをされた労働者が、労基署などあちこちをまわって組合にたどり着く。その人たちに、組合つくって会社の攻撃を阻止する以外にないと話して、組合をつくってたいていの攻撃は撤回させている。リストラされれば労働者は「冗談じゃない」「とにかくい止めたい」という気持ちになる。組合はくい止める手段と方法をおしえて援助するが、それはけっして、われわれがかれらにかわって交渉するというものではなく、かれら自身がたたかうような方法をおしえる。ここが大事なところだ。ここで「代行主義」をやったらぜったいに勝てないし、労働者も成長しない。
だいたいこの五年ほど、東部労組は毎年一〇〇人ぐらい組織している。組織率は日本全体でどんどん下がっているが、われわれの組合はこの五年で倍以上になっている。東京東部地域の私たちのところは、「寅さん」の柴又のそばだが、あの地域にある特殊な現象ではない。北海道、九州や沖縄ではもっとひどい。こっちがはっきりとした方針と見通しと体制をもっていれば組織化はできる。日本に六四〇〇万人ぐらい労働者がいるが、組織されているのは千数百万人で、あとの五四〇〇万人は未組織労働者です。確信をもって方針をたてて労働者を組織していくかどうかは、われわれに問われている問題です。
それから、平和と民主といったが、人類の歴史をずっと見ていくと「民主化」の歴史です。奴隷よりは封建制の農奴の方がまだいい。農奴よりは資本主義の労働者の方がいい。ということは人類はとにかく民主をもとめている。これに逆行することをやればかならずそいつはひっくり返される。いまはなにもかも逆行の連続だ。盗聴法、「日の丸」「君が代」の強制、資本家が解雇をやりやすくできる法案、派遣は全企業の現場までひろげられ、やとわれる方は簡単にクビをきられるといったことは民主主義の逆行です。
福祉は全面的にきりさげですが、福祉と民主は非常に関連がある。私の子供のころは、社会的に差別をうけていたのはまず障害者で、身体、精神、知的のいずれも差別用語でよばれていた。それから母子家庭。母子家庭の子供はまともな就職ができなかった。貧乏人の子も学校などで差別された。老人や失業者などは役立たずといわれた。
戦後の民主主義の特徴は、これらの人たちを社会的な援護の対象とした。民主主義社会としては、このような人人が差別されないようにしなければならなかった。貧乏人にたいしては生活保護ができた。障害者にもいろいろな施設ができた。制度もできた。失業者には雇用保険、老人にも医療・福祉制度の改善など、民主主義を保証するおおきな意義があった。無料パスで老人はバスと地下鉄で新宿までタダでいける。それでいろんな社会活動に参加できる。これをいまは、片っ端から切り崩してきている。これではふたたび弱者を差別する民主主義の逆行がおこる。かなり重大な事態が進行しているといえます。
ブッシュはいままで「ならずもの国家」といってきたのを「テロ国家、テロ支援国家」といって、全世界をまるめこんだ戦争をはじめている。
小泉はまいあがりすぎだ。集団的自衛権を実行する法案をわずか三〇時間できめた。
こういう状況だから、人民は生活を守ることをせつじつな要求として、いくらでもたたかいの炎があがるし、矛盾がふきだしてきている。平和も危機にさらされているから、人民が自衛するたたかいに人民を組織していく。たたかいのなかで、支配階級を弱め、人民の力を強めていける。敵を弱め人民の力を強くすれば、どこかの時点でかならず力関係が逆転する。
A改良主義に勝つ
二番目は、改良主義に勝つことが必要だ。いま、改良主義はわれわれの足元までおしよせている。社会主義をやろうというと、それは過激だという。ある者は、社会主義はもう終わったという。労働者や人民が自分たちを守るには、資本主義のワク内で生活の質を高める以外にないという人がひじょうにおおくなっている。
二〇〇一年の正月に、連合や政党が「二一世紀というあたらしい世紀」をむかえてどういうような方針をだすのか調べてみた。
朝日新聞は「グローバル化に対応する」といい、連合は「福祉と小さな政府」といっていた。
共産党の年頭社説には、「社会主義」の「社」の字もない。革命政党というのなら、二一世紀は社会主義革命をかならずやると書いてみろというんだ。二一世紀は一〇〇年もあるんだぜ。
なにを書いているかといえば、「三井物産戦略研究所の所長は『日本は節度ある資本主義にならなければならない』と書いておられます」と書いている。共産党ともあろうものがなんで三井物産の所長さんの言葉をもってこなければいけないのか。共産党は自分の口でいうのはみっともないから、所長の言葉を借りて、「私たちは節度ある資本主義しか考えていませんから、どうぞご安心ください」といっているのです。
志位委員長は、経済同友会との懇談の席上で、「共産党は大企業は敵だと考えているという誤解があるが、けっしてそんなことはございません」、「大企業は日本にとって重要な役割をしていることは、十分認識しています」といっている。そんなことをいっていたら日本人民の「敵」がいなくなるじゃないか。大企業こそ実際に政治家や官僚をうごかしている「ヤミ将軍」みたいなもので、諸悪の根源です。それが敵ではないといったらどこに敵がいるのかとなってしまう。共産党は、「私たちは大資本とともに共存しながら日本の政治運動をおこなってまいります」と誓いをたてたのとおんなじです。
ある左翼系労働運動誌の元旦号では、「二一世紀の社会と労働」という特集をくんでいた。たくさんの学者が書いているが、ある執筆者は「二一世紀は社会保障政策について、労働組合は対案をもたないとやっていけない」と書いている。他の学者は「二一世紀は福祉国家を展望する」という。他の人は「二一世紀はすべての企業はNPO(非営利団体)が自主管理するようになる」といっている。なにを根拠にしているのかと思ったら、いま倒産して労働者が工場管理をやっているのがヒントらしい。こんなのが日本の全工場にひろがるわけがない。
ひどいのは、「労働者とか資本家とか労働組合とか、これは工業化時代の産物である。工業化時代は資本家が企業をつうじて工業化をしたから労資関係がうまれ、労働組合もできた。これからは、情報化社会で企業はNPOが経営する。現にシリコンバレーにはそのような企業がたくさんある」と書いている。これはもう階級闘争も労働組合の存在基盤をも消滅するという意見だ。
この雑誌は、私たちに一番近いところにある雑誌で、国鉄闘争の問題では非常にくわしく良い記事をたくさん載せている雑誌ですが、「年頭企画」ではだれ一人社会主義のことを書いていない。
私は、改良主義がわれわれの足元まで寄せてきていると思う。そして、改良主義を労働運動から追いださないかぎり、労働者階級は社会主義にむかってすすめない。
私たちがやっている組合の闘争も改良運動です。みなさんもそうだ。憲法改悪反対闘争も全部改良運動だし、アフガン戦争反対のデモも、日本資本主義打倒の運動ではない。しかし、改良闘争のなかで革命を準備する運動をわれわれはしていかねばならない。
レーニンは、労働者の階級闘争には、経済闘争と政治闘争と思想闘争という三つの側面があるといっている。この三つを一体化してすすめていけば、改良主義とのたたかいにうち勝って革命の力を蓄積できる、といっている。
そういったたたかい方とはどういうことか。東部労組を例にとってみれば、賃下げ、首切りでわれわれに労働相談してくる人がいると、相談にきた人には「職場のみんなをまとめろ」とうながす。「わかった」といってわれわれが社長のところにいって自分たちでガンガンやるという方法はとらない。それは「代行主義」といって、やってはならないことである。なぜいけないか、代行主義でガンガンやっても勝てるほど相手は甘くない。もう一つは、せっかく怒りをもち、たちあがりかけている労働者をうしろにおいてしまうことになり、かれらが成長する機会をうばうからです。
時間はかかってもかまわない。自分が腹をたてていれば、他の人もおなじだから、一人から二人へ、二人が四人とたたかう主体をふやしていく。ある程度あつまったら、かれらを前面にだして資本と交渉する。生活があるから必死である。
たたかいだしたら、われわれは「初級労働学校」をおこなう。いま相談しにきた人が、たたかいはじめている階級闘争はどのようなものか、資本家はどのようにして労働者を搾取しているのか、資本のいうことを聞いていればとことんしぼりとられるという資本家階級の本質をおしえる。
つぎに勉強するのは大衆路線です。一番えらいのは労働者だ。労働者が全部たちあがったら資本家は孤立する。会社はこまる。だから一番えらいのは大衆である。問題の解決で一番確実なのは大衆闘争である。これをかなり論理的にやる。これは、マルクス主義の階級闘争、大衆路線で、このほか「団結」「敢然とたたかい、敢然と勝利する」などの課目がある。
なんのためにやるのか。自分たちのたたかいとむすびつけて、このたたかいが正しいことを確信し、かならず勝つという理論武装をするためです。
それからだいじなことは、たたかっているさいちゅうに政治闘争に参加することだ。自衛隊の海外派兵で日本はずるずると戦争にまきこまれていくときに「デモにいくぞ」と組合のリーダーがみんなをつれていく。労働者ははじめは半信半疑なのだが、経済闘争でもえているのでデモに参加し、国会にいき、演説を聞いて、「なるほど、こんなことになっているのか」と思う。警察の妨害とたたかい、あつくなる。こうなったら自分のやっていることをだれも間違いだとは思わない。自分のまわりの人にもいう。勉強は大事だが自分が身体をうごかして、目で見て、感性の体験をして、実践のなかで人間は変わっていくのだと思う。
経済闘争の現場で一番権威ある人が、労働者を政治闘争の場にひっぱっていかねばならない。また、学習会の講師をになわねばならない。「俺は勉強するために組合にはいったんじゃねえ」という労働者が、「学ばないとたたかいには勝てない」ことを理解するように援助しなければならない。
活動家は労働者の体験や工場の実情を解明、調査・研究し、戦略・戦術をたて、闘争を勝利させて、みんなからの信頼をかちとらねばならない。会社と団交しても、自分だけが前にでて他の人をおきざりにして、結局敗北したなんてことになれば、信頼もなにもあったものではない。その経済闘争に勝つために、自分を鍛えることを怠ってはならない。そして、それを前提に政治闘争と学習活動をすすめなければならないと思います。
中小企業の労働運動は、社会主義革命を準備するうえで、戦略的に重要な地位にある。
理由の第一点は、中小企業の労働者は、賃金は大企業の三分の二、パートは半分、長時間労働、福利厚生なんかはなきにひとしい。退職金もあったりなかったり、労務管理は前近代的、労基法違反は山ほどある。いわば劣悪な労働条件である。しかし、ここに社会主義革命の最大最強の潜在力がある。
第二点は、中小企業は敵の支配の一番弱い環だ。中小企業には完備された管理体制がない。一〇〇〜二〇〇人ぐらいの労働者がいる企業でも労務はいないところがおおい。カネがもったいないと、社長自身が自分で支配する。だから、労働基準法も知らない。労働組合法も知らない。やり方は前近代的なもので、なにかあればヤクザをつかっておどかす手口しかつかえない。ということは、われわれはそういうところで組合をつくればよい。かなり高い確率で勝てる。相手は暴力や法律違反の弱点がある。また、労務経験も浅い。われわれの方は地域合同労組で三○数年積み上げてきたたたかいのノウハウをもっている。戦略、戦術を知っている。若い活動家でも勝つ経験ができる。
おそらく中小企業労働運動は、社会主義革命の主力軍に成長していくだろうと思っている。
C階級政党の建設
最後は階級政党の建設です。これは、社会主義革命を成功させるにはどうしても準備しなければならない。
階級政党の三つの条件をのべる。まずほんとうに革命性をもっているということ。共産党のように「節度ある資本主義」ではしょうがない。もう一つは、戦略、戦術をちゃんとたてて人民闘争を勝利にみちびいていけること。三つめは、何千万人民の大衆闘争の組織者であること。この三つの条件をみたしていない政党は階級政党とはよべない。この三つの条件にあてはまった階級政党を労働者階級がもちえなかったら、社会主義革命は勝利できません。