毎月一回の職場集会は労働組合活動の最前線

京都府 郵便労働者
恵比寿 三郎

『労働通信』2002年5月号

 私の職場は関西のある郵便局。近くには有名観光地と自由な気風の国立大学があり、川も流れている。おおくの人人があつまり、そして当郵便局を利用している。郵便課の仕事はいそがしい。

 自分としては充実した毎日をおくっているつもりであるが、おおくの労働者のなかでは、「郵政公社にいけるかいけないか、そのためにどうあるべきか」という問いかけが頭を支配して、業務に悪い影響がでそうである。来年四月の「郵政公社」発足にあたり、当局より最大限の経費節減をつよく求められ、その最たるものとして「郵便新生ビジョン」にうたわれている一万五〇〇〇人の人員整理が本格的に実行されようとしている。

 「郵便新生ビジョン」はなるだけ安い料金を維持して競争力を高めることを目的としている(『労働通信』二○四号参照)。これは「公社」をめざしたものではなく、すでにはじまっている「合理化」五カ年計画の「一里塚」である。これまで当局は就業時間内のフル稼働、コスト意識への改革を労働組合員につよく求めてきている。

 そこへきて最近、私たちの局では突然に郵便課の減員(六月実施)が通告されてきたのである。それは定員四三人にたいして一〇人減というひどい内容だ。当局は以前から全職員(非常勤労働者ふくむ)にハガキ、ゆうパック販売の営業を強制し、ノルマを達成しない、あるいは反抗的態度の労働者に、「公社にいけなくても良いのか」と脅迫してきたが、いよいよでてきたという感じである。

 「新生ビジョン」が提案されたのが昨年三月。郵便事業庁と全逓中央本部が策定したものであるが、公社にむけた施策は小泉改革にもまして強烈であった。現場管理者は、局舎を私物化するかのごとく、ヤクザまがいの態度をしめし、あらゆるしめつけをおこなってきた。

 局のあちこちで退職の強要、処分の連発、露骨な労務管理、効率化、超勤の強制と病気休暇を認めない事態(カゼによる高熱があっても「新夜勤にでて来い」と強要)がひきおこされ、脅しをちらつかせての営業努力の号令がおこなわれている。そのようななかで、「労働組合とはなにか」「いまこそ組合の利点を発揮するときではないか」などの声が労働者のなかでつよまっている。

 このようななかで、昨年の夏に、「あつまり、話をしていく」ことを基本に、職場から職場委員をきめ、役割分担をきめて、そのときどきの問題を議題として定期的に討議をしていくことがきまった。

 それ以来、職場にながれる不満の声を組合にだして、月一回の職場集会を夜勤の前一時間ほどではあるがおこなっている。職場では、「話し合うことは基本的なこと」という受けとめ方がほとんどである。

 おおかたの意識は「当局のやりたい放題だ」、「いまの組合ではアカン」、「もう何もかんがえられない。雇用さえ守られたらそれでよい」「副課長とか労務担当は不要。あいつらを減員させればよい」などの気分・感情だが、まだ活字にならない、充分に意見が意見にならない、まだ意見も出さないという組合員もいる。組合の大会や委員会などの報告関係や議案書の論議がいまのところ主流であるが、今回の人員「合理化」にかんしても論議をすすめ、意見を出さない組合員から意見をもらわなければ、と思っている。われわれにとって、職場集会は組合活動の最前線である。

 労働組合は労働者同士を結びつけ、ブルジョアジーの搾取と抑圧に反対し、民主主義をまなび、文化教育で自覚を高め、団結して労働者の利益をまもり、資本主義的支配に反対する組織的力量を強化するものと認識している。一足飛びにはいかないが、ここからはなれずに労働組合の活動の強化・発展をすすめていきたい 。

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