サイレントマジョリティの活性化を

2002春闘が残した課題

『労働通信』2002年5月号


 「桜の花」は春闘になくてはならない風物詩であった。京都では、民間大手がベア交渉を終え、ひきつづき官公労組が春闘を開始する時期に、円山公園野外音楽堂でおこなわれる「春闘勝利総決起集会」の動員に参加する労働者の頭上には桜の花がみごとに咲いていた。集会が終わり、公園内ではデモの準備をする労働者と夜の観光客、花見客とが入り乱れて、桜以上ににぎやかな雰囲気をかもしだしていた。しかし、今春闘にこのような光景はついになかった。気象の関係で桜の開花が例年より早くなったからではなく、春闘が冷たく凍った冬をいつまでたってもぬけられない状態となったからである。

資本の攻撃は「横並び」

 かつて、ナショナルセンターであった総評、同盟は、資本家の「支払い能力」論に対抗して、横並びの運動方式をとってきた。企業間の利益格差を理由とした賃金格差をなくすためにとってきた手段であった。これにたいして資本側は、「格差があってあたりまえ」といって非難していた。それが今回は、資本側が横並び方式をおこなった。好調な自動車産業でも他産業のあいのりで「ベアゼロ」の回答であった(業績回復のめざましい日産でも一〇〇〇円アップにとどまる)。かれらは、黒字企業もふくめてベアゼロをつらぬき、中小企業では賃下げ、さらに春闘妥結後に定昇の凍結を逆提案するなど、かつてなく攻撃をつよめてきた。結果として全企業の組合は日経連が春闘前にひろげた「これ以上の賃上げは論外。定昇の凍結あるいは見直し」の網にひっかかり、にげだせなくなってしまった。

 年功序列型賃金体系の崩壊、定昇の見直しは中高年労働者の生活を直撃しており、退職に追い込まれるにいたっている。

 賃金だけではない。医療費の三割負担や、課税最低限のひきあげなどを柱とする税制改革など、社会保障制度のいっそうの改悪も通常国会のテーマとなり、労働者の生活はますます圧迫されている。

 この背景には、資本主義のグローバル化のもとで国際競争が激化し、これにうちかつために規制緩和、民営化、自由化が強行され、中国をはじめとするアジアへの生産拠点の移転が急速にすすんでいる実態がある。追い打ちをかけるように、「不良債権の処理」によって、中小零細企業の経営をささえてきた「信用金庫」のおおくが破たんし、あるいは赤字企業への貸し渋りをはじめ、地域の企業の経営をしめあげ、つぎつぎに倒産させ、失業を増大させている。

 今春闘では高失業率を反映してワークシェアリングがかつてなく論議され、三月二九日には政府、連合、日経連による「政労使合意」なるものまで発表された。しかし、一部の企業で実際にやられているのは、「ワークシェアリング」にかこつけて企業内で賃金の切り下げなどを実施する口実以外のなにものでもなくなっている。

 経営側は、「ベアをなくして高コスト体制を是正し、成果配分は一時金で」として賃金などの労働条件を切り下げている。それが国際競争力を強化し、日本経済を活性化し、企業が生きのびる道だといっている。だが、いまの経済状況、資本主義の矛盾の犠牲をすべて労働者に転嫁するやり方は、地域経済のいっそうの荒廃と広範な労働者、勤労人民の生活力の低下、生産手段の破壊につながり、国内市場のさらなる狭あい化をまねき、資本主義経済の危機をいちだんと深刻化させる以外にない。

存在が問われる労働組合

 日経連をはじめとする資本の攻勢にひるんでなすすべもなかった大手労組の姿は、まさに組合の存在が問われる状況をさらけだした。いくつかの組合は企業側と「雇用安定協定」をむすんだが、それは今後の経済動向によっては経営側がかんたんに破棄する可能性がある危ういものである。おおくの組合員は失望をこえてあきらめの気持ちをもち、一部からは「こんな組合ならいらない」という声さえあがっている。

 重要なことは、組合の高級幹部のおおくが、「高度な政治判断」とか「外部に漏れる」を理由として一般組合員に必要な情報をつたえず、だいじな問題は密室での協議やボス交できめていることである。そして、職場討議や機関紙活動など組合員同士の意見を交換するもっとも基本的な組合機能を低下させ、組合員同士のつながりや連帯をばらばらにしてしまっている。

 それは、資本と組合幹部が、おおくの下部組合員の動きをおそれているからにほかならない。とくに、ふだん声をあげないが、生活に根ざして怒りを蓄積している圧倒的多数の組合員――いわゆるサイレント・マジョリティー――がたちあがることをおそれているのである。

労働組合を立てなおす道 

 今春闘は、組合の存在そのものを問うものであった。だが、労働者にとって、組合そのものは唯一の団結のよりどころである。一朝一夕にいくものではないが、労働官僚に私物化されている労働組合を真に労働者の手にとりもどすことがいまほど重要になっているときはない。

 そのうえでは、先進的な労働者を結集し、その精力的な活動によって、敵味方の現状をみとめているおおくの「サイレント・マジョリティー」(沈黙の多数者)の組合員を活性化することが重要になっている。

 大多数の労働者は分断され、ばらばらになっている。この現状を克服するためには、組合員同士での情報の共有や意見の交換が不可欠である。資本や当局の動きはどうなっているか、労働組合の動きや交渉の進展状況はどうなっているか、労働者の動きはどうなっているかについて情報を交流し、そして何よりも労働者同士がたがいに何を考えているのか、率直に意見を交換し、そのなかから主要な矛盾をあきらかにし、具体的な要求や政策をひきだし、労働組合全体の運動にしていく必要がある。

 そのために、職場からの分会討議や機関紙づくりなど、地道で具体的活動のところから、労働組合の基本的な機能を回復させていくことが不可欠である。

社会のあり方全体をとらえ直す労働運動を

 こんにちの事態は、資本主義のグローバルな弱肉強食的競争のもとで、社会のあり方が大きく変化するなかでひきおこされている。労働者の生活は、賃金、労働条件のみならず、社会保障制度、教育とも関連している。資本主義の危機は、子供の教育や老人の介護にも深刻で暗い影をおとし、地域経済の荒廃や政官財ゆ着の汚職、BSE(狂牛病)をはじめとする食の危機、地球環境破壊、有事法制化など未来を危ぐする事態をつぎつぎと発生させている。

 こうしたなかで、市場原理至上主義でこのまますすんでいっていいのかという根底的な疑問や批判、問題提起をする動きが社会的にもおこっている。
 労働組合運動においても、視野をひろげ、労働のあり方やライフスタイル、地域や教育、介護、農業のあり方、そして資本主義のもとでの社会全体のあり方をとらえなおす視点からの運動が必要となっている。

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