「投資家の利益」に奉仕する小泉構造改革
『労働通信』2002年7月号
参考資料 (1)小泉内閣1年2カ月の診断書
「構造改革なくして、日本の再生と発展はない」。
小泉首相は、昨年五月七日の所信表明演説で、@経済・財政の構造改革、A行政の構造改革、B社会の構造改革、C二一世紀の外交・安全保障の四つの柱の公約をうちあげ、この構造改革には「痛みをともなう」ことを公然と表明した。そして、幕末の戊辰戦争で焼け野原になった長岡藩の幹部が、藩救援のために送られてきた米百俵をあえて藩士に分配せず、将来の人材育成のための学校設立の資金にあてたという「米百俵」の逸話をひきあいにだして、国民を「説得」しようとした。
人人の「小泉改革」への期待は大きかった。そこには、「腐敗、堕落した自民党や政治家、官僚の支配を徹底的に打破してくれるのではないか」「一生けんめい働いたものがむくわれる世の中の仕組みをつくってくれるのではないか」「日本経済をほんとうに再生してくれるのではないか」という熱い思いがあり、そのためにはあえて「痛み」も甘受するというふんい気さえあった。片一方に、利権にまみれ、既得権をまもることに汲汲とする政治家や官僚、自民党内「抵抗勢力」がいて、もう片一方には、変革をもとめる国民とその声を代弁する小泉首相や田中真紀子前外務大臣がいる――。マスコミはこんな構図をえがいてみせた。
それから一年二カ月がたったいま、人人の期待した方向へ「改革」がすすんでいるのかどうか。あの「米百俵」はどこへいったのか。診断してみたい。
小泉内閣の最重要課題は、「経済をたてなおし、自信と誇りにみちた日本社会をきずくこと」(所信表明演説)だった。
だが、二〇〇一年度の国内総生産(GDP)の伸び率は、前年度比一・三%の減少となった。これは、いまのGDP統計がはじまった八一年以降で最悪である。このおもな要因はGDPの六割をしめる個人消費がおちこむと同時に、国内の設備投資も低迷しつづけていることである。たしかに、今年にはいって一〜三月期のGDPは一年ぶり増加に転じ、一・三%増となっている。だが、この成長はおもにアメリカむけ輸出(アジア経由をふくむ)に依存したものである。
国内経済がここまでひえこんできた要因は、小泉内閣の経済政策そのものにあるといわざるをえない。
その一つは、小泉内閣の金融政策が中小企業と信金・信組など地域金融機関にたいして破壊的影響をあたえたことである。小泉内閣は不良債権処理の一環として、昨年の一〇月から、金融機関にたいする金融庁の「金融検査」を厳格にした。この金融検査マニュアルは、取引先の中小企業を、正常、要注意、破たん懸念、実質破たんに区分し、それにみあった消却、引当金を準備させ、さらに高い自己資本比率を準備することなどを要求している。つまりこれは、ひたすら投資家にとってもっとも利益のある経営手法を要求し、地域金融機関の持つ相互扶助の機能や地域の中小・零細企業の資金繰りをささえるという役割にはなんら配慮しないものだった。いきおいそれは、中小企業にたいする貸ししぶりや、貸しはがしをうみださざるをえない。そのため二〇〇一年の企業倒産は、件数二万五二件、負債総額は一六兆一四〇八億九六〇〇万円と件数、負債総額ともに戦後二番目の高水準となっている(帝国データバンク)。地域金融機関そのものへの打撃も深刻で、検査厳格化からわずか五カ月のあいだに二つの第二地方銀行、一三の信用金庫、二九の信用組合が破たんした。政府の金融政策が地域経済を破壊しているのである。
「二一世紀の環境にふさわしい競争的な経済システムをつくる」として、IT(情報技術)を軸とした新規産業・雇用の育成、規制緩和などを軸にした小泉内閣の経済政策も国内経済をひえこませている。
ITの中心であるNTTグループで一〇万人の首切りが強行されたのをはじめ、東芝の一万七〇〇〇人削減、日立製作所の一万四七〇〇人削減といった大規模なリストラや国内工場の閉鎖があいついで強行される一方で、より安い賃金の労働力をもとめて、海外へ生産拠点をうつす傾向をさらにつよめている。製造業の海外生産比率は毎年過去最高を更新している(図参照)。
今月号の一七〜一九ページに掲載されているレポート『最後の国内工場閉鎖・首切りに反対する闘争をたたかって見えてきたもの』では、ある民間製造業において、リストラ→優秀な人材が流出→経営陣の指導力低下やずさんな管理→経営危機→リストラ……という悪循環をうみだし、ついに国内に唯一のこっていた工場も閉鎖せざるをえなくなった事態を報告している。これは、一企業、一工場だけの問題ではなく、こんにちの日本資本主義がみずから生産力を破壊しているという事態を象徴しているようだ。
こうした背景にあるのが現代資本主義の一定の変化である。それは、資本がいわば産業家として長期的な展望にたって生産活動をすすめるのではなく、投資家として、より短期的に利益をあげられるように投資先をつぎつぎとかえていく投機的な傾向をつよめていることである。
このようなもとで小泉内閣は、規制緩和と構造改革によって徹底した弱肉強食の競争原理を導入することで、ひとにぎりの投資家がもうかるような仕組みをつくっていけば、やがて経済全体が活性化するという考えにたっているのである。
だが、国内の産業が空洞化して、生産的な設備投資がすくなくなり、しかも企業倒産や失業、首切り、リストラで庶民の生活が打撃をうければ、経済は縮小せざるをえない。今後、景気循環の局面としては、アメリカ向け輸出にささえられて、日本経済も一定の回復をみせる可能性も高いが、国内経済を荒廃させる方向をとっているかぎり、この回復局面は短期におわらざるをえない。小泉内閣の経済政策は、下痢をしている人に、下痢止めだといつわって下剤を飲ませるようなものである。
小泉内閣は、「行政の構造改革」として、天下りや利権の温床となってきた特殊法人の改革をすすめるとして、昨年一二月に特殊法人の廃止や民営化を柱とする「特殊法人等整理合理化計画」を決定した。
だがその中味は、人人の生活に直結する事業をきりすてて、それをむしろ企業のもうけの対象にしていこうとするものである。
たとえば、庶民のマイホーム建設のための融資をおこなう住宅金融公庫や公団住宅の運営をおこなってきた都市基盤整備公団は廃止される。約二〇〇万人の公団住宅の住民には、「家賃値上げ」などの不安をあたえるばかりでなく、公団住宅を棟ごと民間企業に売却する方針をうちだし、安心して住み続けたいという住民の願いを踏みにじっている。これは、政府としての住宅政策を放棄するものである。
日本育英会も廃止し、奨学金制度を教育ローン制度に再編したり、日本私立学校振興・共済事業団の私学補助の削減などをすすめている。これは親の失業やリストラで学業がつづけられなくなる子供たちの将来にも暗いかげをなげかける。
郵政事業の公社化と郵便事業への一部民間参入をみとめる郵政関連法案が通常国会の最重要課題として審議された。それは、小泉首相みずから明言しているように、郵政民営化へむけた「一里塚」にほかならない。郵政事業の民間開放や民営化が全面的に実施されるなら、ヤマト運輸や佐川急便などの宅配便業者が都市部や大都市間の「おいしい」路線のみに参入して収益をあげることを促進し、地方や離島などの郵便はきりすてられるか、大幅な値上げをしいられることはおおくの人人が指摘するところである。
小泉首相がいう「民間にできることは民間に」「利権の排除」とは、民間投資家のために公共事業を食い物にすることであり、この投資家の利権のさまたげになるものにかぎって、ふるい「利権」――天下りやボスによる口利き――をとりのぞくにすぎない。そのぶん、あらたな利権が全面開花するだけである。
小泉内閣は、「社会構造の改革」として、教育改革や年金・医療・介護の改革などもすすめている。
教育改革では、「日本人の誇りと自覚をもち、あらたな国づくりをになう人材をそだてる」ことをうちだしている。
その具体化として、二〇〇二年度から新学習指導要領が実施されている。その内容は、教育の分野にも競争原理を導入するとともに、子供たちの「学力低下」に対応して、円周率を三・一四ではなく、三で教えるといった教育内容の見直しをおこなった(エリートの子弟は、私立や塾で高度な教育を受ければよい)。
今回の新学習指導要領の原型をまとめた三浦朱門氏(前教育課程審議会会長)は、「できん者はできんままで結構。戦後五〇年、落ちこぼれの底辺をあげることにばかり注いできた労力を、できる者を限りなく伸ばすことにふりむける。一〇〇人に一人でいい、やがて彼らが国をひっぱっていきます。かぎりなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです」とあけすけにのべている。
そして、エリートと一般大衆を統合して、国家目的に統合していくための精神的支柱として天皇をふたたびもちだそうとしているのである。
社会保障制度改革では、サラリーマン本人の医療費負担を三割にひきあげることを柱とする健康保険法改悪案が今国会で大きな課題となっている。
さらに三月に閣議決定された「規制改革推進三カ年計画」では、介護にかんして二〇〇三年から特別養護老人ホームの入所者にホテルコスト(部屋代、水光熱費)を負担させようとしている。保育についても、待機児童がおおい地域で公立保育所を中心に「定員基準の弾力化等をいっそう推進する」として、「待機児童解消」を口実にして詰めこみ保育をうながそうとしている。公立保育の民間企業への運営委託、株式会社参入の促進はすでにはじまっている。
小泉内閣が六月二一日に発表した「経済・財政運営の基本方針(骨太の方針第二弾)」では、さらなる金持ち優遇の税制改革や、教育や福祉の分野を中心に中央政府から地方自治体への補助金を削減する方針をうちだした(別表参照)。
| 税制改革 | ★配偶者特別控除などの簡素・集約化 ★赤字企業にも課税する外形標準課税の導入と法人課税の実効税率の引き下げの検討 ★研究開発減税・投資減税の検討 ★消費税の免税点制度の見直し ★相続税の最高税率の引き下げ |
| 地方財政改革 | ★福祉、教育、社会資本などを含めた国庫補助負担事業の廃止・縮減 ★地方財源を国が補う交付税の「財源保障機能」を06年度までに縮小 |
| 社会保障改革 | ★公的年金の物価スライド制凍結解除(物価下落を反映した給付引き下げ) ★04年の年金制度の改革にむけ検討(一部委員からは年金の支給開始年齢を将来70歳に上げるとの案も浮上) |
| 歳出改革 | ★03年度予算の歳出は実質的に02年度の水準以下に抑制 |
小泉内閣は、「外交と安全保障」については、発足当初から有事法制化をもっとも熱心にとなえてきた。それは、九六年の日米新ガイドラインにそって、アメリカが世界中でひきおこす戦争に日本が参戦していくためのものである。
これと関連して、小泉内閣は国民の言論、表現の自由に国が規制をかける個人情報保護法案など「メディア三法案」を上程している。そうしたなか、情報公開を要求した市民の個人情報を自衛隊がリストアップしていたことが暴露されている。これらの事態は、有事法制がアメリカの要求にそって戦争動員体制をつくるとともに、なによりもまず、自国の人民にたいする弾圧体制をつよめるものにほかならないことをあきらかにしている。
小泉首相は、所信表明の「外交・安全保障」政策のなかで、日米同盟を軸に、中国、韓国、ロシアとの友好関係を増進させることもうたった。だが、小泉首相は就任早々、扶桑社の歴史教科書にかんして、韓国や中国からの修正要求に耳も傾けず、さらに八月には靖国神社への公式参拝を強行した。さらに、その後も小泉内閣が、アメリカ政府とくにブッシュ政権になって以降のタカ派的な政策に追随して有事法制などの動きをすすめることにたいして、中国や南北朝鮮をはじめアジア諸国は警戒感を隠していない。
以上のように小泉内閣の政策をみると、「経済を再生する」「天下り・利権政治を打破する」「個人情報を保護する」など、一見、人人のせつじつな要望にこたえるかのような名目をつかいながら、それとはまったく逆に、市場競争の原理を全面的につらぬいて企業にやりたい放題の利潤追求の活動を保証し、ごくひとにぎりの大企業、投資家の権益をまもろうというものであり、そのために人民の生活と権利を根本的に犠牲にしようとするものであることがはっきりとする。ぎゃくに、おおくの大衆が要求してきた腐敗政治の刷新はまったくすすんでいない。結局、庶民がしんぼうにしんぼうをかさねてかせいだ「米百俵」は、アメリカや日本のごく一部の投資家、独占資本へもっとダイレクトに流れようとしているのである。
小泉内閣をめぐる真の対立の構図は、片一方に独占資本とこれまでの腐敗にまみれた政治家や官僚、学者、「守旧派」「抵抗勢力」をふくめた自民党、「ボスの口きき」型のふるい利権勢力と「民間への事業提供」型のあたらしい利権勢力、そして小泉首相がいて、もう一方の側に、おおくの労働者や勤労人民が対立しているというものである。