『労働通信』2002年9月号
私が一番思うのは、どうして自分が解雇されたのかがわからない、一体自分の何が悪くて解雇されることになったのかわからない、ということです。やはり今でも、自分は解雇されるほどのことは何もしていないと思っています。
発端となった岡山市役所の地下駐車場での公用車運転手との口論をもう少し詳しく説明しますと、まず、以前から私は市役所の守衛さんから、配達に来た際の郵便車の停める場所について、「ここからここまでは停めていい」と教えてもらっていました。それは、一度駐車場が満車の時に奥の方の空いてるところに停めたことがあって、その場所が停めてはいけない場所だったらしく、その時に守衛さんから「今度から停める場所はここからここまでにしてくれ」といわれた時です。それ以後私は注意されたとおりの場所にだけ車を停めるようにしていました。
口論の日も許可された場所に車を停めて配達に四階へあがっていました。地下に降りてくると守衛さんから「君にはいってなかったけど、少し前から駐車場所が変わったから、今度からあそこには停めないようにしてくれ」ということをいわれました。私が「はい、わかりました」と答えると、守衛さんは「じゃあ今前に停めてる車(公用車)をどけてもらうからちょっと待ってて」といったので、私は自分の車に乗車して待っていました。
そして、後は訴状等に書いてあるとおりなのですが、当の公用車の運転手がやってきて、口論になりました。「お前、わしに何かいうことがあろうが」「あやまらんか、車をここに停めとろうが」等といわれたので、私は「でも前にここは停めていいといわれてたので」と説明すると、運転手は「もーええ、わし車をどけんからな。勝手にしろ」といって、公用車をそのままにして向こうの方へいってしまおうとしましたので、あわてて車を降りて、「どけろ」と強くいったのです。
そしてその日の夕方に、市役所の件で私は総務課長から取り調べを受けるのですが、その際に私は以上のように停めていいといわれてたところに停めていたことを説明したら、運転手が怒って車を出せないようにした、という説明をしました。総務課長はどんな理由があっても暴言をいってはいけないというようなことをいったのですが、私がわからないのはそこから後の所からです。
若林上席が「市は、駐車場のことは市にも落ち度があったのでもういいといっている。それよりもエレベーターで怒鳴ったことを問題にしている」と総務課長に報告しました。私はエレベーターの件については全然覚えがなかったので、「そんなことはしてない」といったのですが、総務課長は「身に覚えがなくても普段の配達態度が悪いからだ」とか「どうやって郵便を渡してるのかやってみろ」とか「明日から市役所で一人一人に謝ってまわるのか」とかいって反省を求めてきて、私は身に覚えのないことを反省できるはずもないので、今まで通り普通に配達するというと、「反省しないのならもう雇えない」といわれました。
身に覚えのないことなのでその通りに身に覚えがないといっただけで、「反省してない」といわれて、それで「これ以上雇えない」となって、私は一体どうなっているのか訳がわかりませんでした。
むしろ逆に、総務課長が「今度市役所に郵便局の出張所ができることもあるんだ」などともいったことから、郵便局は出張所のこともあって市役所に「いい顔」をするために何としても私にペナルティを与えようとしていると感じました。
結局その後総務課長が「七月二九日までとするが、キミの態度がよくなったらその後も考える」といったので、私はそれならば普段通りにしていれば問題はないだろうと思ったので、ひとまずはいわれたように「誓約書」を書けばなんとかなると思ったのです。
にもかかわらず次の日にいきなり「七月二九日で退職となる」という通知を渡されて驚きました。前の日の話と違ったからです。話が違うようになったのは、前の日の最後に同じ配達の職員の方が部屋に入ってきて誓約書なんかについて総務課長と揉み合いになったりしたことで話が外に漏れたので、もうどうあっても私を解雇しようということになったのだろうと感じました。
その後、遅刻を理由に七月五日で解雇とかいわれたり、またそれが取り消されたり、なんだかもうよくわかりませんでした。最初から市役所のトラブルが悪かったので解雇すると一貫していってくれていれば、こちらもその事情とかをもっと説明しようもあったのですが、あれこれ理由を後からつけたり取り消したりされては、わかるのはもう何があっても私を解雇するんだ、ということだけでした。
始末書などを書いたのは、このようにそれまでに何度か解雇を取り消されたり変更されたりしていたので、いわれたとおりにしておけばまた取り消されることもあるかもしれないと思ったことと、やはり口論のその場では頭に血が上って激しい口調になったと正直思ったので、「もう少し冷静な対応があったとも思います」と書いたのです。
すると今度は総務課長は「始末書を書いて反省しているから、本人が非を認めているから解雇に足る」ということをいいだしたりして、まったく矛盾していると思います。
このように、裁判で郵便局側は私の「雇い止め」の理由としてトラブルや勤務態度をあげていますが、実際それは逆で、何らかの正当な理由があって辞めさせるのではなく、市役所の顔を立てる必要があったり、総務課長の対応が外部に漏れたりの理由で辞めさせざるを得なくなったから、あれこれいろんな理由を持ちだしたのだと今は感じています。そうでないのなら、「トラブルと勤務態度を理由に七月二九日以降は雇えない」という通知一通以外に何も交付する必要はないはずです。
しかし当時は、自分としては納得できない理由で解雇を告げられたり、「反省したなら今後も考える」という約束も簡単に反故にされたり、異を唱えると今度はちがう理由で解雇を告げられたり、長時間拘束され大勢の上司に囲まれ反抗的だといわれたり、最初の事情聴取からクビになる二カ月の間、私は郵便局で働きながらも、わけがわからないまま非常に理不尽でくやしい思いをし続けました。それがこの裁判をしようと思った理由の一つとなっています。
そしてまた、この裁判や他の同じような裁判では、郵便局側は、「非常勤職員は任期一日」ということで、非常勤職員は理由のあるなしにかかわらず次の日以降雇われなくなっても問題はないということを主張しています。
これまでの非常勤職員の裁判では、この主張が認められてきました。これは郵便局で働いている非常勤職員の実態、臨時的な仕事でも軽微な仕事でもないということを考慮しない、とても形式的に過ぎる判断だと思います。
そうなると非常勤職員は、私のようにいくら自分が解雇されるほど悪くはなかったんだといっても、そういう主張すら出来ない立場であるということになります。
非常勤職員といっても私などは週三六時間ですからほぼフルタイムで働いており、それで生活していたのです。そして岡山中央郵便局では五〇〇人の正職員にたいして同数の五〇〇人もの非常勤職員が働いており、全国では一〇万八〇〇〇人もいるということです。このようにおおくの非常勤職員に業務を任せていながら、一方で何か都合が悪いことが起こると「雇い止めに理由はいらない」ということで有無をいわせず辞めさることができるという郵便局の主張が認められたら、何の落ち度もなかった人でも自分は悪くないんだという主張の場すら持てずに職を失うことになります。
証人に立ってくれた林さんも証言でいっていましたが、私もこの仕事を「普通のバイト」という意識で申し込み、働いていました。それは、試験によって期間の定めなく採用するのが原則のはずの公務員が、非常勤職員の場合はこの原則をゆるめて、無試験等の特例として採用されていることになっているのが原因だからだと思います。
採用時には原則をゆるめて民間と同じような扱いを認めておきながら、一方雇い止め時には民間と同じような解雇権濫用の法理の類推適用を認めないのは、バランスを欠いた判断であると思います。
過去いくつもの非常勤の公務員の解雇に関する裁判が起こされており、そしてその判決では解雇された側が負け続けているのは私も弁護士さんに教えてもらいました。しかし私にはどうしてもそれらの判決が働いている人達の実態を考慮していない判断と思えました。ですから、公平な判断が下されたら従来の判例はくつがえると感じ、提訴に至ったわけです。そしてそういうことを感じているのは私だけではないと思います。過去の判例にもかかわらず訴えは提起され続けており、現在では郵便局の非常勤職員だけでも各地で今六件の裁判が起こされていると聞きます。私の裁判にしても、同じ非常勤職員の方が証言までしてくれ、また毎回多くの方々が仕事を休んでまで傍聴に来てくれています。
こういった人達は、やはり私と同じように、裁判所は働いている人達の実態を考慮した判断をしてくれるはずだ、裁判所は正義を行ってくれるはずだという思いから行動しているんだと思います。実態を知りながらも形式的な判断しか行わないのは、決して裁判所の正義ではないと思います。
これからは、今以上に臨時の公務員・非常勤職員が増え、そうなると私のように理不尽にも解雇されるケースも増えると思いますが、一方で制度や判例までそのままでは、そういった人達はどんな理不尽な解雇でも無条件で受け入れるしかなくなるということになります。
どうか法の狭間にある人達がいるということに目をむけ、救済するような判決を下していただきたいと思います。