名活動にも人の思いがある

郵便労働者
久保孝夫

『労働通信』2002年9月号


 威勢の良さで運動はすすまないことを知った。
先の国会で審議されていた国家公務員法の「改正」案ではいろいろな噂もとびかい、当初は公務員にストライキ権をあたえ、そのかわりに解雇もありうるとの話が流れてきた。どうやら本筋は国家公務員の年功序列型賃金制度を能率給型に移行させるほか、人事制度もキャリア優遇から、実務優先へとみなおすといったことが審議されているようだ。

 こうしたことにたいし、連合内の官公労部門から国家公務員法案の適正実施を求める署名活動が提起され、私達の職場にも署名の取り組みがおろされてきた。

 「また署名か」。そんな空気が執行委員会のなかでも流れた。目標は組織数の五〇〇%である。「無理だろうな」。そんななか地道に職場をまわる執行委員や、署名用紙さえどこかに置き忘れた執行委員、再度上部から集約期限と目標数が報告される。「七月一〇日現在一〇%。あと二〇日しかない、年賀状でも何でも見てとにかく目標の達成を」。署名は一千万署名ということになった。組合書記長からも泣きがはいる。

 年賀状でも……とんでもない話だが笑えない。われわれの職場からの運動自体が敗北感のなかにあるので、労働運動を職場から転換するという掛け声だけは勇ましいが、こうした連合内部の運動さえ下から凌駕することさえできていない。職場で署名にまわれば感想や意見を聞くこともできる、職場にたいする不満や組合にたいする要望、その人の生活など職場の感性が響いてくるはずなのに、はじめから署名という取り組み自体に不満をいうわれわれ自身が負けていることに気づかされた。

 連合を動かすような力をつくる。そうした力を積みあげることも目標にしなければ、威勢の良さと戦闘的精神だけでは、「職場のはねあがり」になりかねない。職場の実際から出発するとはどういうことか考えさせられた署名の取り組みだった。結果は二八%で、正直に代筆したものもいたが、職場を回った役員もいる。

 鶴彬の川柳だったか、署名にも「千人針」の思いがあればとかいうのがあったように思うが、記憶がさだかでないので失礼。署名にも人の思いがある。千人針を通すような思いの署名を集めることが出きれば連合を動かすことも容易であろうと思うがいかがなものだろうか。

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