
『労働通信』2002年11月号
小泉首相は、九月一七日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との国交正常化交渉を再開するための首脳会談のために平壌(ピョンヤン)を訪問した。
今回の日朝会談は、歴史的に見ても画期的な出来事である。一九一〇年のいわゆる「日韓併合」と三六年間にわたる日本の植民地支配、戦後の南北分断とその固定化(その責任はおもにアメリカにある)、敵対関係にあった八〇年あまりの歴史的問題を一気に解決はできないにしても、今回の日朝首脳会談は、日朝関係を改善し、北東アジアに平和と安定をもたらす第一歩であろう。
日本政府が北朝鮮との国交正常化交渉にふみきったねらいは何か。
それは、南北朝鮮統一へ向けた動きが、さまざまな紆余曲折をへながらも、とめられない歴史の流れとして動きだし、ヨーロッパやアジアの各国もほとんどが北朝鮮との国交を樹立しているからである。このようななかで、日本だけがいつまでも北朝鮮と国交さえもむすばない敵対関係をつづけていけば、アジアにおける政治的主導権をうしなうことになりかねない。
ましてや朝鮮半島地域で、イラクに仕掛けるような戦争がはじまるようなことがあれば、日本政府としてはたまったものではない。難民問題をはじめ、ありとあらゆる問題が日本政府に宿題として課せられてくる。
いまひとつは経済的なメリットである。北朝鮮の市場は、中国やロシアとことなり、西側資本主義の独占企業がほとんどはいっていない。また現在の東南アジアや中国のように人件費の値上がりで資本がこまることもない手つかずの市場である。
未開拓の市場にのりこんで最大の利益を得るとともに、北東アジアでの戦闘を回避し、中国に対抗してアジア地域の政治の主導権を握る。このことが日本政府の思惑である。
しかし、日本政府にはこうした思惑があるとはいえ、日朝国交正常化にむけて動きだしたことは労働者としても歓迎すべきことである。それは、朝鮮半島と北東アジアにおいて、戦争の危険性や「憎しみの連鎖」が高まることを回避し、緊張を緩和した「平和な」環境をつくりだすことになるからである。
北朝鮮政府も、そうとうの決意で今回の首脳会談にのぞんだ。
北朝鮮は、いままでアメリカを中心とする「国連軍」によって封じこめられ、直接的に軍事力で対処するために国家予算のかなりの部分を軍事予算につぎこまざるをえないという国家建設をしいられてきた。そのため北朝鮮はいま、人民生活を発展させる方向での経済再建を国家戦略の中心にさだめ、大胆な改革開放路線にはいっていこうとしている。そのうえで、北朝鮮を「悪の枢軸」として攻撃するアメリカの軍事的圧力を回避することが不可欠であり、そのためにも日朝国交回復とそのもとでの経済援助が重要となっている。
金正日総書記のたびかさなる中国やロシアの訪問、最近の新聞報道でなされている新義州地域での経済特区の設定などは、あきらかに中国の「改革開放」の影響を受けたものである。また生産拠点における単独責任制の採用、ヤミ経済の撲滅などは、非常な困難がともなうものの、従来の経済建設路線を修正し、あらたな経済再建をすすめていくことになる。今回の日朝首脳会談や米朝協議の再開などは、この「改革開放路線」の外交面でのあらわれであり、北朝鮮の内政・外交が大きく変化する予兆であるとみておかなくてはいけない。
だが反面、金正日総書記自身が謝罪した、日本人拉致事件の内容は、日本の労働者にも大きな衝撃をあたえた。
ほんらい社会主義国がこのような行動にでることは許されないことである。被害にあった被害者や家族の人たちにたいして、だれもが悲痛な気持ちでいっぱいになっているのは当然のことである。
ただ、私たちがはっきりと意識しておかねばならないことは、この事件自体、戦前の日本の植民地支配の歴史にたいする清算や謝罪がおこなわれず、戦後も五〇年間も日朝間に国交がなく、むしろ朝鮮戦争以来日本政府がアメリカ政府の側につき北朝鮮と敵対的な関係にあったもとでひきおこされた悲劇であるということである。しかも朝鮮半島自体現在も「休戦状態」であり、朝鮮戦争の問題がすべて解決したわけではないきわめて不安定な状態にあることを知っておかなくてはならない。
それにこの時期に北朝鮮自体がこの問題を明らかにして、政府・党の最高責任者が謝罪したことは、従来の北朝鮮の教条主義的な社会主義建設の路線に修正をくわえはじめていることになる。私たちは、北朝鮮の改革開放路線の実行とあわせて、このことにも注意をはらって見守らなければならない。
ただ今回の拉致事件を口実に、在日朝鮮人の人たちにたいして、いわれなき迫害や、差別が拡大されている。これにはマスコミも責任の一端をおわなければならない。拉致事件を理由に在日朝鮮人への差別を拡大することはそれこそ筋違いであり、かれらのおおくがまさに戦前の日本帝国主義によって日本に強制連行されてきた人人なのである。そのことを私たちは忘れてはいけない。