『労働通信』2003年1月号
ブッシュ政権は、アフガンへの侵略に続き、今度はイラクへの戦争をもくろんでいる。ブッシュ政権はなぜ、かくも好戦的なのだろうか。
本記事作成の一二月中旬時点で、米軍はすでに、湾岸地域に展開、いつでも侵攻を開始できる態勢をととのえている。日本からも強襲揚陸艦エセックスなどが母港佐世保から出港、沖縄で海兵隊と合流後、現地に向かおうとしている。
しかし、ここまで緊迫したいまになってもなお、開戦の理由ははっきりしていない。
ブッシュ政権幹部は、昨春ごろまではとくに「アルカイダ幹部の潜伏」、「九・一一テロへのフセイン政権の関与」をいいたてていたが、「証拠」をしめすことができなかった。かわって「大量破壊兵器」を中心理由にすえるようになったが、その内容も二転三転し、証拠はしめせていない。そこで、この夏までは「国連査察の拒否」という今さらの理由を持ち出していたが、イラクの査察無条件受け入れでくずれさった。今度は、イラクの報告書に「虚偽や記載漏れ」があれば開戦理由になるとしている。かと思えば、フセインはとにかく打倒せねばならんのだと主張したり、戦争理由はほとんど日替わりメニューのようだ。
アメリカ帝国主義のこうした好戦性を戦略文書にしたのが、〇二年九月公表の「アメリカの国家安全保障戦略」――ブッシュ・ドクトリンである。
ブッシュ・ドクトリンのもっともきわだった特徴は、「先制攻撃戦略」だ。
これは、戦後世界の枠組みの変更を意味している。なぜなら戦後世界の支配階級のあいだでは、戦争の抑止がある程度重視され、自衛は正当だが戦争をしかけるのは不当とのタテマエがあったからだ。またアメリカ自身、行動では地域的武力介入をくりかえしていたけれど、軍事戦略としては軍をもっぱら「抑止力」として位置づけてきたからだ。
また「先制攻撃戦略」は、実際のところ、協力しないのは対立国家であり、対立国家にはすべて攻撃してよいという論になっている。つまり次のような論法だ。 *「自由国家」と「テロリストや独裁者」という対立図式が立てられ、すべての国に「重い責任」「テロとの精力的なたたかい」「協力」を要求する *「テロ」と「テロを推進するイデオロギー」との区別はなく、ともに「撲滅する」としている *大量破壊兵器の「使用」と「入手」が区別されず、ともに「アメリカの脅威」としている *すでに存在する「脅威」だけでなく「脅威」の可能性をも問題にし、「脅威が形成される前に行動する」としている。
ブッシュ・ドクトリンの第二の特徴は、「単独行動を辞さない」としていることだ。
第三に、アメリカの軍事的覇権の維持を公言していることである。「合衆国の強力無比な軍事力を維持し」「挑戦者をうち破る」と。
ブッシュ・ドクトリンの背景には、政権の特異な性格がある。政権幹部の大部分が軍需資本か資源エネルギー資本の関係者なのである。
ブッシュ本人からして、エネルギー独占エナジー・インダストリーの元CEO(最高経営責任者)である。より典型的なのはチェイニー副大統領だ。彼は父親のほうのブッシュ大統領時代に国防長官をつとめ、その後、油田開発・軍需・建設などの複合独占体ハリバートンのCEOとなった人物である。国防長官時代にやったことは、たとえば湾岸戦争だが、戦後、ハリバートン社はクウェートの復興事業やさらにはなんとイラク石油産業の復興事業までをも請け負い、世界七三位の企業から一八位に躍進したのである。またチェイニーは国防長官として「軍隊の民営化」を推進した。これはつまり基地の建設・補修、軍の補給、ゴミ処理・食糧ほか関連サービスなどの民間委託である。そして、現在、ハリバートンの子会社KBR社がその主要請負先におさまっている。この会社はアフガン戦争でも空港や捕虜収容所の建設を請け負い大もうけをしている。さらに、チェイニー夫人は、最大の軍需資本ロッキード・マーチン社の元取締役である。
その他、補佐官ライスは石油大手シェブロン役員、上級補佐官ロウブはエンロンとロッキードの大株主、国防長官ラムズフェルドは核エネルギー会社や軍用機関連など数社の取締役・経営者を兼ね、国務長官パウエルも軍需独占ゼネラル・ダイナミクスの大株主でありエネルギー・軍事数社の顧問、商務長官エヴァンスは石油供給大手トム・ブラウン社CEO、運輸長官ミネタはロッキード・マーチン上級副社長……と「はなばなしい」経歴の持ち主ばかりだ。各省次官級以上で、大株主か重役か顧問であるか、つい最近までそうだった者は、軍需産業三三人、エネルギー産業二一人にものぼっている。ブッシュ政権は、軍需資本と資源エネルギー資本の政府なのである。
その結果が、急速な軍事拡大政策である。アメリカの軍事予算は、冷戦終結後しだいに減少し、九〇年代末には年三〇〇〇億ドルを割り込んでいたが、ブッシュ政権樹立とともに増加、二〇〇一年度には三二九〇億ドル、〇二年三五〇七億ドル、〇三年三九六八億ドルと急速に増大、さらに国防総省五カ年計画によると〇七年度には四六九八億ドルと見込まれている。
軍拡がもっとはっきりわかるのは、「装備調達費」と「研究開発費」だ。人件費など恒常的経費とちがって、政策を比較的早く反映するからだ(グラフ参照)。装備調達費は〇七年には九〇年代末の倍以上になるのである。

アメリカは九・一一事件以後、急速に警察国家への道を歩んでいる。事件直後に制定された「愛国者法」により、治安当局は独断で盗聴や電子メール閲覧が可能となり、外国人への証拠なしの逮捕拘禁が合法化された。しかも実態はこの法の枠さえ越え、アメリカ市民を含む一〇〇〇人以上の人人が被疑事実さえ知らされないまま弁護士への連絡も許されず拘禁され続けた。
ブッシュ政権はまた、「国土安全保障」という新領域をつくりあげた。警察の強化、空港・国境警備、市民とりわけマイノリティーや移民の監視、要するに治安管理である。そのため、昨年一〇月、「国土安全保障省」を設置した。同省は二二の省庁から部局を統合したもので、〇三年度予算は三七五億ドルにものぼる巨大官庁である。
イラクへの戦争も、これらの軍拡・警察国家化の政治の延長にある。それは一面では、軍需需要のための戦争にほかならず、他面では、世界第二位の石油埋蔵国イラクの資源支配をねらったものである。
アメリカ帝国主義のこうした好戦性は偶然だろうか? たまたま、はちゃめちゃな人物が大統領になったからだろうか?――そうではない。というのは、アメリカ資本主義そのものが軍需依存を深め、また海外資源収奪への欲求をつのらせているからである。
アメリカ経済は、〇〇年末よりITバブルがはじけ下降局面となり、〇二年前半には持ち直したが、その後また力つき現在にいたっている。
この〇二年前半の持ち直しが、おもに軍需と「国土安全保障」投資によるものだったのである。ブッシュ政権は九・一一以降「テロ対策」として六八九億ドルの緊急財政支出を組み、またアフガン戦争戦費を含め軍拡に拍車をかけ、〇二年第一四半期には軍事支出を前期比二割増やしている。その結果、巨大軍需産業はのきなみ売り上げをふやし、前年比一〇〜二〇%の増加となっている。その一方で、この時期経済の他の要素、一般産業諸部門にも個人消費などにも有利な要素は見あたらないのである。つまり、景気動向が軍需に支配されたということだ。
そして、この事態のさらに底には、IT化・グローバル化などこんにちの資本主義の特質がある。
九〇年代のアメリカ経済の「繁栄」の要因は、おもにふたつの点で世界資本主義の変化にいち早く対応しえたことにあった。ひとつは金融のグローバル化であり、国際競争において金融の比重が増加したことだ。アメリカは八〇年代すでに金融改革をおこない、商業銀行・投資銀行・証券会社などの垣根をはらい、金融資本の行動をより自由にし、また勤労人民の犠牲で投資家に有利な環境をつくりあげた。これが九〇年代、世界中の資金を集め、再投資しつつ株高による「アメリカひとり勝ち」をもたらしたのである。ふたつめはIT化であり、情報ハイウェイ構想など他国に先がけIT基盤を整備しえたことである。
しかし、これらの成功には、生産力発展という要素が希薄なのだ。金融的勝利とはつまるところ分配の問題でしかない。IT化のほうには、たしかに生産的側面が含まれてはいるが、それをはるかに上まわる規模でパイの奪い合いの激化や非生産的部門の拡大のきっかけになっている。つまり九〇年代の成功は、より寄生的な経済を生み出したのである。
「新帝国主義」「帝国主義の復活」をとなえる論者が増えている。もちろん、アメリカは二〇世紀初頭以来、一貫して帝国主義であり続けたのだが、それでもこれらの説には根拠がある。というのは、帝国主義の特徴の一部は、第二次大戦後いくらか後退し「福祉国家」などの矛盾緩和策にとって変えられたが、いままた現代風のかたちで復活しているからである。たとえば「政治的には、帝国主義は一般に暴力と反動への志向である」「自由への志向ではなく支配への志向」(レーニン『帝国主義論』)などの特徴だ。この問題はなお研究の必要があるが、戦後のオートメーション型生産・石油化学などのコンビナート・ケインズ政策の時代が矛盾を一時押さえたのに対し、さいきん始まったIT化・グローバル化、新自由主義の時代は帝国主義のほんらいの政治的特徴が新しいかたちを取りつつふたたびむき出しになる時代ではないだろうか。