@  はじめにーー 小泉の伊勢・靖国参拝

古希 転々生

『労働通信』2003年3月号

今号より、「ほっと一息コーナー」にかわって、古希転々生さんによる歴史教室「天皇制・五回のピンチ」を連載します。
 ご意見、ご感想をお待ちしています。

 天皇制の歴史には五回のピンチがあった。それに入る前置きとして、今年になってバタバタとつづいた小泉首相の伊勢・靖国への参拝に触れておきたい。

 靖国については、国内外に批判が起こったが、私の見方はそれとは異なる。あの戦争は、その人の立場によって色々な見方があるようだが、すべての兵士が昭和天皇の宣戦詔勅によって戦ったことだけは紛れもない。

 【朕(ちん)ガ陸海将兵ハ全力ヲ奮(ふるっ)テ交戦ニ従事シ……自存自衛ノタメ蹶然(けつぜん)起ツテ一切ノ障礙(しょうがい)ヲ破砕スルノ外(ほか)ナキナリ】

 そして、彼らは戦死し、靖国に祀(まつ)られた。ところが戦後になって、天皇の本音がポロポロこぼれ出る。

・「(昭和十六年)十二月一日、御前会議が開かれ戦争に決定した--筆者注〈なぜ、「御前会議を開き戦争を決定した」と言わないのか!〉-。その時は、反対しても無駄だと思ったから一言も云はなかった」

・「戦時中、国民を鼓舞激励する詔書を出して頂きたいと、東条・小磯・鈴木の各総理から要望があった。が出すとなると、戦争を謳歌し侵略--筆者注〈〃侵略〃に注意!〉--に賛成する言葉しか使へないから、断りつづけた」(以上『独白録』)

・「我が国民にとっては、勝利の結果極端なる軍国主義となるよりも、(敗戦の方が)却って幸福ではなかったろうか」(木下道雄侍従次長『側近日誌』)

 ご覧のとおり。あの戦争は大御心(=天皇の意志)に反して戦われたものであり、しかも〃自存自衛〃でなく〃侵略〃であり、なんと敗れて幸福だったろうというのである。

 靖国参拝への反対論は、「侵略戦争だから」とか、「A級戦犯が合祀されているから」とか、「神道だから」とかにあるらしい。が、そもそも、靖国などに戦死者の霊が鎮まっているのか? 宙にさ迷いながら、怨嗟(えんさ)の声をあげておられるのではないか?

 いずれにしても、これへの批判が噴出しているのに比べると、伊勢参拝の方は見過ごされているかのようである。より問題なのはこちらであろうに。

 私が小学校の国史教科書の冒頭には、神武に始まる歴代天皇表とともに、〈天孫降臨〉に際してのアマテラスの神勅が掲げられてあり、両方とも憶えさせられたものである。

 「豊葦原(とよあしはら)ノ千五百秋(ちいほあき)ノ瑞穂国(みずほのくに=日本)ハ、コレ吾ガ子孫(うみのこ)ノ王(きみ)タルベキ地(くに)ナリ。……宝祚(あまつひつぎ=皇位)ノ栄エマサムコト、マサ二天壌(あめつち=天地)ト窮(きわま)リナカルベシ」

 これが、天皇が〃現御神〃(あきつみかみ)と呼ばれるもとであり、のちに〃国体〃と言われるようになり、先般冷笑をあびた森首相の〃神国〃発言につながっていく。

 戦後、アマテラスは創作とされ、現御神や神国は死語となり、国体は国民体育大会を指すようになった。そのきっかけが、敗戦まもなく、昭和天皇があざやかな転身ぶりを示した〈人間宣言〉である。

 【朕(ちん)ト爾等(なんじら)国民――筆者注〈臣民から国民へ!〉――トノ紐帯(ちゅうたい=互いをむすびつけるもの)ハ……神話ト伝説二依リテ生ゼルモノニ非(あら)ズ。天皇ヲ以テ現御神トナシ……架空ナル観念二基クモノニ非ズ】

 私などの思うことは、それならそうとなぜ早く? である。今回の、小泉閣下の伊勢参拝は、昭和天皇のこの宣言に反するとともに、明らかに戦前の天皇制復活への一里塚となるもの。

 最後に二つ。忠君と愛国は別であること。互いに絡み合っている天皇と宗教――神道だけではない――を白日にさらさなければならぬこと。その昔、西行は伊勢にもうでて、〈なにごとの御座(おは)しますかは知らねども恭なさに涙こぼるる〉と詠んだ。知らないのにありがたがる、ここに天皇と宗教の秘密があるのではないか。

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