マンダラ(曼荼羅)とは、円周上に複数の仏を描き、仏教の教えを総合的にビジュアルに表現したもの。現代ではいろいろなことを一つにまとめて表現する手法としてマンダラがつかわれる。本シリーズでは年間をとおして、構造改革の本質を多面的な角度から検討していきたい。

@社会保障制度改悪

『労働通信』2003年3月号

 二年近くまえ、八割を越える世論調査支持率のもとで、小泉内閣は成立した。小泉による「構造改革」の叫びにたいし、おおくの人々が“世の中が変わる”ことを期待した。人々は「改革」を、政官財の専横と特権と利権構造の打破と受け止め歓迎した。それから二年、「改革」の具体化と実際の体験はこの期待が幻想であったことをしめしている。ではそれなら、「構造改革」とはいったいなんなのか? この問いに答えないかぎり、幻想を完全に一掃することはできないだろうし、「構造改革」にたいする労働者・勤労人民の政治闘争はうまくいかないだろう。

 本誌は、「構造改革」を経済・政治構造や労働・教育・福祉など各面から批判するシリーズに取り組みたい。その第一回として、この号では社会保障・医療分野をとりあげる。

 社会保障の切り捨てが急速におしすすめられている。〇三年度予算案でも、▽健保の加入者本人の外来・入院と家族入院の医療費負担の二割から三割への引き上げ、▽三歳未満の医療費窓口負担を二割に引き上げ、▽公的年金給付額と生活保護給付の「物価スライド」による〇・九%下げ、▽政府管掌健康保険(中小企業の労働者が対象)の保険料引き上げ、▽健康保険料の「年収制」実施(これまでボーナスなどは〇・三%と低い保険料率だったが、月給と合わせ八・二%となる)、▽厚生年金保険料も総収入を算出基準に変えられるなど、社会保障費削減が目白押し。それによる家計負担増は二兆円にものぼる。

 小泉「構造改革」以前から、こうしたなし崩し的削減は毎年の恒例行事と化している。これ自体たまらないものだけども、これは氷山の一角にすぎない。以下に紹介するように、政府と財界はもっと抜本的な社会保障制度の「構造改革」をもくろんでおり、それは社会保障の削減どころか社会保障制度の解体とさえいえる。

年金

 政府・財界は〇四年を年金改革の年と位置づけている。これに向けて昨年末、日本経団連と経済同友会がそれぞれ意見書を発表、経済産業省も提言を出し、厚生労働省が骨格案をまとめた。これらはそれぞれ違いはあるが、大ざっぱな方向は一致しており、おおむね次の内容である。

@厚生年金の保険料負担を収入の二〇%(〇三年度では一三・五八%)まで段階的に引き上げる。
A現行制度では給付水準の維持を重視していたのにたいし、年金資金の財政状況に応じて給付水準を引き下げる。
B年金受給者への税控除を縮小・廃止する。まず一定以上の所得層から始めるとしているが、ねらいはあくまですべての年金受給者であり「順次広げる」とされている。
C基礎年金の国庫負担を段階的に引き上げ、負担割合を二分の一にする(現行制度では三分の一)。この財源は、消費税増税。
Dさらに抜本的な改革構想――基礎年金(厚生年金・共済年金などの定額部分や国民年金)を統合した上、厚生年金などの報酬比例部分と完全に分離。基礎年金の財源を保険料から消費税へと移行させる。報酬比例部分は清算(同友会意見書)または縮小させ、私的年金に取ってかえる。

 要するに、負担を増大させつつ、給付はまったくその場しだいとし、さらには公的年金を基礎年金に縮小させようというものだ。

 「年金財政危機」論のごまかし

 政府・財界は、年金改革の理由として「少子高齢化」をさかんに強調している。だが、この論はほとんどサギにひとしい。なぜなら、加入者は生涯にわたり年金を積み立て、正常な運用益を合わせれば年金給付をまかなうのに充分すぎる額を支払っているからだ。現行の負担率と給付率を前提とすれば、年平均運用益が二・八%もあれば加入者自身の給付をまかなっておつりがくる。そして、この数字はいまの高齢者が支払ってきた時代における各種債権の平均利率をはるかに下まわっている。つまり、ほんらい「少子高齢化」などはまったく関係なく、高齢者が現役世代に負担をかけているわけではない。

 厚生年金の場合、財政運用上では「賦課方式」(現役世代の負担で給付をまかなう方式)とされ「少子高齢化」論のよりどころになっている。しかしこれは、もともと「積立方式」(それぞれの世代の積立でまかなう方式)だったのに、高度成長期になし崩し的に変更された結果だ。高利子率の時代だったので方式を維持できたのにもかかわらず、積立金を使い込んでしまったのである。

 さいきん、政府・財界は年金運用の赤字を強調し始めている。証券運用などは黒字なのだが株安で株式投資が足を引っぱっているためで、一応事実である。しかしこれもここ数年に限ってのことにすぎない、平均的受給者による負担時期はずっと以前までさかのぼるので、その期間全体で見るとやはり黒字である。

 というわけで、「年金財政の危機」の原因は「少子高齢化」ではないし、低金利・株安の影響もごく短期間のものだ。真の原因はその運用にある。年金資金は資金運用部を通して財政投融資に流れ込む仕組みになっており、政府会計の補てん、特殊法人の赤字補てん、一般企業への低利融資、公共事業、金融市場への買いささえなどに使われてきたのである。小泉内閣はさらに、「株価対策」として公的年金資金による株価指数連動型投資信託の購入を打ち出している。

企業年金の変質

 厚生年金基金は企業独自の年金部分と国の厚生年金への代行部分がある。もともとこの代行制度は、年金をそのまま企業の運用資金にするもので、資本は大いに運用益を稼いできた。ところがさいきん、経済情勢の変化で赤字運用の企業が増えてきたとたん、政府は確定給付企業年金法を施行(〇二年)、国への代行部分の返上を許すようにした。さらにいま厚生労働省は、株・債券で返上可能とするルール案を作ろうとしている。

 その結果、代行返上した基金は認可ずみだけで全基金の一四%、二四六基金(〇二年一二月六日時点)にもなり、さらに急増しつつある。

 しかも、国に返上する年金額は、実際に労働者から取り上げた額や過去の運用利益から見て低く見積もられ、ほとんどの返上企業が巨額の特別利益を手に入れている。その額はトヨタ・デンソーは一〇〇〇億円以上、NECは九〇〇億円にものぼる。まさしくぬれ手にアワである。

 企業は他方で、確定拠出年金(日本型401K)に力を入れている。導入企業は二三三社、加入者二七万人(厚生省調査、一月一七日)にまで増えた。ところが確定拠出年金とは、赤字になっても拠出者の「自己責任」とされる一方、これ自身営利事業であり運用者には利益が保証される制度なのである。

 年金制度の本質

 年金制度は、あたかも生活保障であるかのようにいわれている。しかし、以上のような運用実態を見ればけっしてそうではない。勤労人民から金を巻き上げ資本のために運用する制度、大規模な賃金遅配としかいいようのないものだ。

 そして年金改革は、国や企業の利益を確実にするため、給付額を自由に変更できるようにしたり、自動的に変動するような制度への改革なのである。

健保・医療

 福祉分野の「構造改革」は、以下のことばにその性質がよくあらわれている――「福祉サービスは、従来の公的福祉から、利用者の自由な選択に基づくサービス産業への制度改革が進められている」「NPOや民間企業を含む多様な経営主体の実質的な市場参入条件を確保することにより、良質で多様なサービスの供給が大幅に増大することが、福祉分野での規制改革の基本的な目標である」(総合規制改革会議『規制改革の推進に関する第2次答申』、〇二年一二月一二日)。

 すなわち、公的福祉を解体し、営利企業に取って変えようというものだ。具体的には、以下の政策である。

1.株式会社参入。医療、老人ホーム、保育所など。

2.民営化
 国立病院……〇四年から独立行政法人化されるが、さらに廃止・民営化を検討
 社会保険病院、厚生年金病院……補助を〇六年度までに廃止し、国は健保・年金の公的保険料収入を財源にした病院事業から撤退、これらの病院を独立採算にし統廃合や私立医療法人への移譲をすすめる
 労災病院……〇四年から独立行政法人化、一部を廃止・民営化
 公立病院……民営化、事業譲渡、民間委託を推進

3.金持ち向け医療と都市集中・過剰医療の拡大
 「国民は『いつでもどこでも一定水準』の医療を受けることだけでは満足しておらず、より質の高い医療を受けることを求めており、また、医療提供者も、自らの能力や質に応じた十分な評価を受けることを望んでいる」と称し、追加料金徴収ができる範囲を拡大するなど「保険診療と保険外診療の併用」を推進するとしている。診療報酬体系を大幅に変え、難度の高い医療や高コストの設備などを重視する。
 また関連して、一連の福祉解体・営利事業化政策と同じ理念にもとづき「大学改革」がすすめられているが、この影響が早くも医療現場にあらわれはじめている。大学に営利企業の運営・評価方法が持ちこまれたので、医者の供給源である大学病院も自身への「評価」上昇を最優先せざるをえなくなり、他病院への専門医派遣を取りやめ、さらには引き上げてしまっているのである。とりわけ麻酔医などの不足は深刻であり、手術を制限したり救急治療が不可能になった病院もあらわれている。

4.保険医療の縮小
 前項の政策と連動し、「公的医療保険制度でほとんどすべての医療費を賄う現在の仕組みを改め、その守備範囲を抜本的に見直す……必要不可欠なものに重点化する」(経団連意見書)方向が追求されている。
5.社会福祉施設・医療施設への派遣労働の拡大
6.医薬品の規制緩和。一般小売店で販売できる医薬品の拡大など。
7.各種健保からの拠出金による老人保健制度の廃止。かわりに、後期高齢者(七五歳以上)専用の保険制度を新設し、高齢者自身の「自立」による「応分の負担」で運営するとしている。もちろん大した額が払えるわけはなく、事実上、高齢者医療の切り捨てである。

8.介護分野
 株式会社による公設民営方式などによるデイサービス施設やショートステイ施設などの拡大。なお同答申によると、純民営にしない理由は「施設整備費に対する補助が受けられない」からだそうだ。このことばは「構造改革」による民営化の性質をよくあらわしている――公的事業を適当にきりとり、営利企業の利権に供する、ということを。
 ほか、ケアハウスへの株式会社参入の許可に際し自治体の抵抗の排除、特別養護老人ホームなどの利用者負担の拡大、入所者が少ない地域の介護保険施設定数の削減、介護サービス事業者の第三者評価の推進などが計画されたり、すでに実行されたりしている。

9.保育分野
 幼稚園と保育所の共用化(幼稚園での預かり保育、施設の共用など)、保育所の調理室必置義務撤廃。
 保育所についてはすでに、民間企業による設置経営の容認・近所の公園を園庭の代わりにするなどの施設基準の緩和など、国による規制緩和がすすんでいるが、従来の基準を維持している自治体もおおい。総合規制改革会議は、そうした独自規制の排除をもうたっている。

「奥田ビジョン」

 今年年頭、日本経団連は「活力と魅力溢れる日本をめざして」と題して、二〇二五年までの長期構想を発表した。その骨子は、年平均成長率名目三%・実質二%を至上課題とし、対外投資や特許料など日本企業による海外からの収奪や環境技術などの国際的優位などを「成長の源泉」ととらえ、国際競争を理由に法人税大幅引き下げなど徹底して企業優遇の社会環境を要求するものだ。そしてそのために、「消費税率を二〇〇四年度から毎年一%ずつ引き上げていき、同時に」「社会保障の給付水準などを引き下げていく」、そうすれば「二〇二五年時点での消費税率は一六%に抑えられます」(一月二〇日、奥田会長講演)と、ありがたくも慈悲深い目標を下されている。
 この消費税引き上げについては、経済同友会・日本商工会議所もあいついで賛同、塩川財務相も同様の発言をし、〇四年夏には方向性を打ち出すとしている。

<シリーズ>
構造改革マンダラ
@社会保障制度改悪・1(2003年3月号)
A社会保障制度改悪・2(2003年5月号)
B税制改革(2003年7月号)
C地方分権(2003年11月号)
D労働構造(2004年1月号)


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