『労働通信』2003年3月号
私たち人間の体の大部分は、水です。人間は、地球上の生物連鎖の頂点に立っていますから、まだまだ「水がなくなる」ことによる生命の危機を感じることが少ないのかもしれません。しかし今、「水がなくなる」ことによって、たくさんの動植物が生命の危機にさらされています。もう種の継続を絶たれてしまった動植物もいます。動植物の生命の危機は、人間にとって関係ないことでしょうか? いいえ、関係ないどころか動植物の生命を絶ってきた首謀者であります。私たちの地球上の生態系を無視した経済活動が、動植物の生命の命を絶ってきたのであります。人間以外の動植物は、地球上の生態系の掟を守ってきました。自分たちの生命活動が、たとえ水を汚しても、水質浄化して、地球の生態系に還してきたのです。つまり動植物の生命の危機または絶滅は、地球自体の水質浄化能力の低下を意味します。地球自体の水質浄化能力が低下するということは、土壌もどんどん貧しくなることを意味します。土壌が貧しくなるということは、農作物がどんどん取れなくなることを意味します。地球自体の水質浄化能力が低下するということは、海の生態系も大きく変わるということを意味します。海の生態系が大きく変わるということは、魚が取れなくなることを意味し生物連鎖の頂点に立つ動植物ほど、水質汚染されたものを食べることになることを学んだことがありませんか? 地球上の生物連鎖の頂点に立つ動植物は何でしょうか? それは人間です。人間は、一番濃縮された水質汚染された食べものを食べることになります。
日本人は、幸運と言うべきか、水に恵まれた自然の中で生きてきました。ただし、ただ水に恵まれた自然で生きてきたというわけではありません。日本人は、日本の生態系の掟を最近まで理解し、水という資源を大切に守ってきました。日本人は、水田で農作業をしながら食べものを確保するとともに、日本の生態系を守ってきたのです。古くから、「水」の所有権をめぐる争いが絶えなかったことは、日本人の歴史の様様な記録に残されています。特に明治時代以降になると、経済活動の掟と日本の生態系の掟が激しく対立することになりました。田中正造の足尾銅山鉱毒事件において激しく国を告発した生涯は、日本で大企業を民主化・グリーン化しようとする運動に取り組む人人にとって記憶に留める必要があります。生涯をかけて田中正造は、「人民の生命の危機を脅かす国家」を告発したのです。一九七〇年代にも、高度経済成長を前提にした「人民の生命の危機を脅かす国家」を告発する運動が、日本各地で起きました。水俣病・四日市ゼンソクなどの四大公害事件に象徴される住民運動です。四大公害事件の原因をつきつめてみれば、水質浄化における危機感であったと言えます。この危機感を日本全体が共有したのです。
しかし、これを頂点に、だんだんと水問題を日本全体の社会問題として共有し行動しようとする動きは、弱くなってきた気がします。その原因を私は三点に整理したいと思います。
一点目は、日本の生態系を守ってきた農業や漁業の担い手が年年、減少していることです。日本の生態系の掟を守る知恵を引き継ぐ人が少なくなりました。日本の土壌の質も海の水質も年年、悪化していますが、何が原因なのかを見抜けるひとが少なくなっているし、解決するために行動を起こせるひとは更に少なくなっていると言えます。
二点目は、「少品種大量生産社会」から「多品種少量生産社会」へ転換し、人人の生活が個別になったことです。労働者が働く現場の生産の仕方も個別化され、消費の仕方も個別化されていきます。日本全体の社会問題は何かを共有することが難しくなったのです。特にバブル経済崩壊以後、大企業の大規模なリストラは、労働者の生命の基盤をますます脅かし連帯することを困難にさせています。水質汚染の問題も、中長期的に労働者の生命の基盤を脅かす問題であるのですが、生態系の問題まで考える余裕がないし、もし気づいたとしても、連帯する仲間を見つけて行動する余裕がない状態になっていると思います。
三点目は、このような厳しい状況下で現代日本資本主義社会における経済活動の掟と生態系の掟の対立について、労働者にしっかりと分析し情報提供し行動を支援する研究・教育機関が少ないと言えます。大企業のための人材育成を目的とした研究・教育が優先されてしまうし、そして学問があまりにも細分化されてしまい研究者・教育者同士でもちょっと違った分野だと理解できなくなっているのです。
経済活動の掟と生態系の掟両方をもう一度、日本人全体の教養にし、水問題に行動を起こすことが問われていると言えます。第三回世界水フォーラムが日本の京都・滋賀・大阪を結んで二〇〇三年三月一六〜二三日に開催されることは、その大きなきっかけになるのではないでしょうか。過去二回世界水フォーラムでは特に発展途上国の人人が世界に対して強く告発しました。先進国が地球上の生態系の掟を無視して経済成長すること、また発展途上国の生態系を無視した経済開発支援をすることの告発もあるのですが、特に世界銀行、アジア開発銀行(ADB)、国際通貨基金(IMF)が発展途上国の水資源を開発する際に民間大企業(多国籍企業になると予測される)に事業委託をすることが良いのだとすることに対しての告発が強まっています。民間大企業に事業委託されることで、発展途上国内の高所得層に水資源が独占されてしまい、本当に水に困っている貧困層に行き届かないことが懸念されています。生命の危機は、生物連鎖の頂点にたつ人間にも、日増しに迫りつつあるのです。
今回の第三回世界水フォーラムは、議論から行動へ向かえるかが全体を通したテーマになっています。水フォーラムは、水問題の持続可能な解決を推し進めるために、適切な研究、科学や理論に裏打ちされ、実証化された「行動」と優良事例といった経験の共有化を図り、次の行動へつなげるために参加者が集う場になっています。フォーラムの参加者は、単に「何が問題になっているのか」を明らかにするだけではなく、「誰が何を、どのように、いつ行動しなければならないか」という具体的な解決策の明確化が求められます。また全てのフォーラム参加者は、すべての人人によって同意された行動計画に対して自分自身が「行動」を約束することが求められています。「議論のための議論」からは卒業することが求められています。フォーラムでは三一の主要なテーマに分類された三〇〇以上の分科会で、「私たちのコミットメント」がとりまとめられ、主要テーマ毎の「宣言文」は閣僚宣言の草案に反映されます。
私は、滋賀県草津市に流れる伯母川の生態系を視野に入れた環境保全ブロックのあり方を提案される環保ブロック研究会の活動に関わっています。今回、世界水フォーラムでその研究内容を報告することになりました。環保ブロック研究会では、琵琶湖から伯母川へ産卵のために遡上してくる「なまず」ら動植物が、彼らの生態系を無視した河川管理をされてしまって生命の危機にさらされていることに対して、環境保全ブロックを提案し「行動」を約束するものです。現在、日本各地で行われている公共事業は身近な動植物の生態系に無関心であり、この行動の提案は、もう一度、経済活動の掟と生態系の掟両方を、日本人全体の教養にし、水問題に行動を起こすきっかけになるものだと思います。
みなさん、もう一度、生命の基盤である水について考え行動してみませんか?