『労働通信』2003年7月号

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傷つけられる労働者としてのプライド

A郵便局労働者(郵便課)


 「お客様第一主義」といっているが、これには腹のたつことばかりだ。とくに窓口業務では、お客さんを待たせてはいけないという指導がおこなわれが、管理者は口先ばかりでこれを実行できる対策や指導をしない。トイレなどのときには、郵政の指導では「札を掲出して用を足してください」となっている。しかし、およそ客がだまってならんでいることは考えられない。混んでいるときは、他課の職員が用事で窓口周辺を歩いただけで「オイおまえ、オマエや、仕事しろ」といわれるのは日常茶飯事である。いろんな「サービス」を窓口でおこなうため、ちょっとこみいったことをしているとまたたく間に客の列ができる。対応がすこしおくれるとお客が怒鳴ることも多多ある。居並ぶ客のなかには「コイツを窓口にだすな」と総務に電話をかける者もいる。

 当局は現場の事情がわからないから杓子定規(しゃくしじょうぎ)に業務を編成するため、保険も貯金もよく知っている職員を窓口に配置しない担務を作成したりする。当局は「お客様には懇切ていねいに」というだけで増員などは考えない。だから職場の雰囲気はきわめてわるい。何億何千万円というATMなどの機器は、購入したり更改したりするが、労働者の要求には耳をかさない。職員はみんな一生懸命はたらいているのに、当局のカネのかけ方はまちがっている。

 先頃、窓口で九万円の欠損金が生じた事件がおきた。そのときの担務は早出担当者であったが特別健康診断で窓口からはなれることになり、そのあいだ、他者が窓口で応対することとなった。健康診断をおえて窓口の担務にもどり、夜勤者などと交代した。そして締めの計算をおこなったときに欠損金のあることがわかった。早出担当者は責任を感じて弁償したが、本来なら切手箱を健康診断にいくときにひきあげさせて、かわりのべつの切手箱を用意して課長がはいるなどすればよい。そのような対処をしなければ、あきらかに責任は当局にある。いそがしくなれば「共助共援・相互応援をする」といっている当局がそれをやらないのはおかしい。一銭のカネもださない。名ばかり施策や責任あるものが何もしない職場になっている。


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労働組合が展望のもてる施策をだして闘う

B郵便局労働者(保険課)


 保険の職員は採用されてもすぐ辞めていく。公社は保険外務員の採用時に辞めていくものを予想しそれを見込んだ人数を採用している。いまの若い者にはこれからの公社のやり方に展望がもてなくなっているのではないかと思う。かつての郵政省時代のような貯蓄型の保険の内容ではなく、満期になったら掛け金が全額かえってくるようにはなってない。民間の保険会社との競争がはげしく、アリコ・ジャパンとか、アメリカン・ファミリーなど外国の保険会社もすごいいきおいだ。若い職員が勧誘にいってもなかなか保険の加入者ができない。だからすぐ辞めていくのだ。このままだと公社の前途に希望がもてない。

 現場に成果主義がいれられたが、うちの職場ではあまり問題になっていない。みんなが「もらっている給料にみあった仕事をするまでだ」といっている。しかし、これまでは年数がたてば局長や課長などになれるような制度だった。そのような課長などが仕事もできないくせに組合員や労働者をおさえつけることばっかりしていた。しかし、これからは役職になったら成果をあげなければならないし、その点からみんなが監視できる。おかしな任用や査定をしたら文句がいえるのではないかと思う。

 生田総裁が、「公社発足後、四年間で四兆円の黒字をだす」と豪語している。このカネは、労働者の首きり資金、退職金になると思う。ことしの年度末の退職者を約五〇〇〇人におさえたが、それは退職金の資金がないからだ。そして、新年度(新予算によって)になった四月一日に五二八八人を退職させた。管理職が七月になったら比較的おおく退職するという話もでている。これからでてくる当局の施策でわれわれがしぼられて、首切り資金をつくらされることになる。これまで反対、反対というだけのたたかいであったが、これからは労働組合として労働者としての施策や仕事の仕方についての案をだしてたたかっていかなければならないと思う。

 四月一日、日本郵政公社が「真っ向サービス」をかかげて発足したが、適切な要員の配置もしないまま新しいサービスをうちだしたために、職場では大きな混乱が起きている。このなかで、労働者のあらたなたたかいもはじまっている。

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