『労働通信』2003年9月号
拝啓、日頃の公社運営ご苦労様です。全国の大手郵便顧客への突然の訪問にみんなは唖然としてみていますがいかがおすごしでしょうか。
さて、総裁のご努力にもかかわらず、「中期経営計画」の達成は暗雲のかなたに遠のく様子であります。くわえて、郵便を含む物流業界全般にわたって「過剰」とも思える供給側の効率化・サービス合戦は、重大事故などの「生命の危険」をもたらしている現状でもあります。
しかし、私は「なんでも反対」をとなえるつもりはありません。むしろ総裁のおっしゃっている「上意下達あらため『下意上達』」に賛成しています。公社経営をささえるのはまぎれもなく局内外の現場労働であることはまちがいなく、「下意」の職場の声を無視し、発生している具体的な問題点を「上」が見過ごすことは健全経営に重大なあやまちをおかすことになるからです。現場労働がスムーズな指示、指導、適正な環境におかれてはじめて、業務がたもたれ、職員の向上心が養われるはずです。
ただ、実際には「下意上達」はまったく機能しておらず、たんなるスローガンだとわかりました。本来なら労働組合が「下」の意見をとりあげて交渉すべきところですが、公社になり得た安堵感からか、まるで自分の「会社」のようにいろいろな施策を提言して、効率化の「仕事づくり」を推進しております。全逓の全国大会でも「増収対策が最大の課題」と言い張り、新集配システムの導入で混乱には目をつむる態度でした。現場の混乱は当然顧客にまで影響がでています。このままでは「サービス改善」どころか、これまでの大事なお客までうしなうことになり、郵政公社の末路が見えるようです。そうならないためにも、ぜひ、現場の実態を知っていただきたく、ご報告いたします。
ある同僚が、書留の配達途中にあて先の家の呼びリンをおして、配達物を渡そうとしたところ、家人がでてこず次の配達先にまわりました。そうしたらその家人から苦情が局にきました。それは「ベルが鳴って玄関にでたら『不在通知連絡票』が入っていて郵便局員はもういなかった。わずか三○秒ほどのことなのでもう少し待ってくれても良いだろう」とえらい剣幕だったようです。
配達している者からすれば、二時間そこそこで普通郵便三〇〇通、書留郵便四〇通ほどを処理しなければならず、一軒にとても時間をついやしておれないので、わるいと思いながら先をいそいでしまいます。お客さんからすれば、わずかなことで局に連絡したり出向かなくてはならず、怒るのも無理はありません。
この一例は以前からあるトラブルで真新しいことではありませんが、問題は「真っ向サービス」といいながら発足した公社なのに、なんの解決策も講じず、なおかつ非常勤化などの効率化をすすめて問題の拡大をはかっているところにあります。
これまで配達にさいしては、エリア内のなかで、昼間の時間帯にほとんどいる家、不在の家があり、そこをとばすかどうかは配達職員の判断にまかされていました。それが時間内に早く確実に配達する秘訣でした。しかし、公社になってから「お客様第一」といってとにかく順番に家々をまわり、家人がいなければ「不在通知連絡票」をおいてこざるを得なくなりました。現場のこれまでの「やり方」が無視されよけいな労力がかかるだけで、かえって「非効率」となってしまっています。不在通知連絡票をみて家人は局へ出向くことになりますが、当日分の窓口渡しは夜の一〇時からと不在通知連絡票に書いてあります。しかし、だいたい夕方六時前後に来られます。その時間はまだ配達の最中か帰っていても局内にとどまっています。したがって窓口で「出せ」「まだない」の応酬となるトラブルにあいなっています。これではお客様第一でなく公社の都合による再配達業務であり、かえって郵便局不信・サービス低下を招き「公社になってもなんにもかわらへんな」(利用者)と言われています。余裕(時間と要員)をもてる配達業務の確立と再配達システムを再考する事業への意識改革をしなければなりません。
おもに小包担当に発生していますが、非常勤労働者は三〜四時間契約勤務となっており、本務夜勤者との業務引継ぎがスムーズにいっていません。
たとえば内務の作業ですが、これまでは朝の六時三〇分から一五時一五分までの「早出」の本務者(正規職員)と、一二時五〇分から二一時までの「夜勤」の本務者が交代で作業しており、一四時半ごろには「早出」の担当者から「夜勤」の担当者へのひきつぎができていました。ところが、公社になってから、「効率化のため」と称して「早出」の本務者の勤務をなくし、六時三〇〜一〇時三〇分までの非常勤と一〇時三〇分〜一四時までのパートにおきかえてしまいました。そのため「夜勤」ででてきた担当者はまったくひきつぎをすることができず、午前中にどんなことがあったのかまったく把握できなくなっています。

しかも、ここに郵便物の着発もからんでいるので、混乱はますます深まっています。私の局では、他の郵便局から郵便物をはこんできたトラックが一二時五〇分に到着し、一四時にはこちらから発送する郵便物を積んで出発します。ところが、公社発足後の人員体制では、トラックから降ろした郵便物を集配課に配達交付するのが手一杯で、普通小包と書留小包などをすべて積み込むことができず、翌日配達エリア拡大(五月一九日実施)の保証に支障をきたすおそれがあります。
非常勤労働者は局内のあちこちで便利屋のごとく使われています。郵便課の仕事をおえて小包にまわされてもすぐに戦力とならないので混乱が生じています。現場実態に即することがままならず、もともと普通小包の配達区分をする仕事と聞いて来ているため、「なんでこんなわずらわしいことをさせられるのか」となげいている程なのでナカナカ覚えきれません。効率化どころか、余分な労力の捻出になっています。
生田総裁。このようにあなたのいうように郵便局の現場は「サービス向上」になっていません。トヨタ方式とはなんでしょうか。無駄をはぶくといって必要な人をへらし、賃下げもおこない、これまでの職場システムを破壊して「真っ向サービス」がどうして可能なのでしょうか。
総裁には関係のないことですが、私たちのような現場で汗かく者がもとめる「労働組合」像は、公社に都合の良い組合でなく、労働者を犠牲にして公社の発展をめざすことに反対し、公社にも応分の負担(現場からの要求、提案を真剣に検討する)を強くもとめられる組合であります。いまは「労使共生・パートナー」でしょうが、お話したように全国の局内外では大汗・冷や汗をかいて仕事をしている人ばかりであり、この実態はますます危険なものになりつつあります。結論として、人がすくなくなれば互いに助け合いをして仕事をまわしていくものですが、それもできなくなってきています。これで良いのか、こんな郵便に将来性はあるのかと声を大にしてあなたに問いたいと思います。
敬具。