『労働通信』2003年11月号

「このごろ職場に流行(はや)るもの、照明消しに冷房消し、訓戒・戒告、サービス超勤、責任回避のムダ文書、なんでもかんでも自己啓発……」。
今の郵便局の職場の実態は、南北朝時代の「二条河原の落首」よろしく、一言でこんな皮肉が職場から聞こえてきそうである。
あの九月一〇日の三〇度を越える残暑のなか、私の郵便局では局内すべてで冷房が切られていた。理由は冷房期間(八月三一日まで)を過ぎていることと、公社のめざすコスト削減目標達成のため。窓口ではお客様からの「暑い!」という苦情。郵便課においては大型区分機のデータが暑くてダウンするというので部屋中の窓を開けていたら、管理者から「防犯上、まずいので至急閉めろ!」との話。組合の交渉担当が怒声をお客様に聞こえるように窓口であげながら交渉し、はじめて冷房が入るというお粗末な事件が起きた。当局はしゃくし定規にコスト論をふりかざすだけで、いつも口にしている「お客様第一主義」が口だけのお題目ということをさらけだしてしまった。
また、超過勤務(残業)についても同様で、超勤予算について郵便事業で前年度比五%の減、貯金・保険事業で前年度比三〇%減という公社本社のコスト削減方針をだしている。小包の目標が前年度比一桁も数字がおおくなっていて、超勤予算は五%減という目標のままだと物理的に不可能な数字になっている。
このことについて労使の意見交換の場でも郵便の分会長から「仕事を今まで以上の営業努力でとってきて仕事量が増加するなかでの五%削減は、今でも郵便物の完配が精一杯の状況なんだから、どだい無理でしょう?」という意見がだされた。
当局が何と答えたかというと「個人の仕事の能力を高め、班員の共助共援で目標達成をするんだ!」というものだった。
これにたいして、「仕事が終わらないのを個人の自己責任へという形で転化していますが、業務運行は管理者であるあなたたちの職責ではないんですかね?」という意見がでた。また、貯金保険の分会長から「休暇者がおおかったり、窓口混雑時で仕事が忙しいときに、決まって『共助共援』というが、管理者は共助共援のメンバーには入らないんですかねー? お客様は職員の一人だと思ってみていると思うんですがねー! お客様第一主義というのなら、まず自らも混雑時には対応する意識も公社になったのだから変えてもらわないと……」といっても、「職員の自己啓発をしてもらって……」などという論点を変えた責任のがれの答弁がでるだけで、公社になっても経営者としての意識変革など微塵も感じられない。
現在、職場で一番の問題になっているのはサービス残業のことである。公社になってのコスト削減方針で公社は発足してからは、管理者が超勤発令を出ししぶる傾向がある。そのため三〇分に満たない超過勤務については許容してしまうような雰囲気が職員間に生じつつあるように思われる。当局が実施している能力給の導入、各種自己啓発という名目の部内資格試験、自主研究会などの日々の職員の危機意識高揚施策による「仕事ができないのは自己責任・職場で生き残れない」という考え方がじょじょに広まり、個々人は不満があってもあまり声高に時間管理のことを当局にいえない雰囲気が醸成されつつある。
また、組合的にしっかりしている仲間が時間のこと声高にいっても浮いてしまうような新たな状況も生まれている。とくに課長代理という、組合員でもあり中間の役職でもある仲間にこの傾向が強い。超勤予算が少ないので自分には超勤をつけないで、一般の職員にはつけるという仲間への思いやり手法なのである。
先日、このことについて象徴的な事件があった。新任の課長代理が職場の執行委員と話し合って「なるべく、サービス超勤はしないようにして、少しでも超勤を課長代理でもつけていくようにしよう。そうすれば課長代理以下の役職や一般職員も超勤時間のことをいいやすい職場環境になるだろう!」と実行にうつし、一〇時間分の超勤を自分につけた。
すると、いきなり労務担当の管理者が来て、「前任のA課長代理は昨年同時期二時間しか超勤をつけてないのに、T課長代理が一〇時間も超勤をつけているのはおかしい。仕事処理能力に問題があるんじゃないですか!」と、前任の課長がサービス超勤をしていた実態を知っていながらの攻撃的発言を浴びせてきた。このことを三六交渉の場でも組合から話題にだした。局長の答弁は、「役職についての時間外労働について組合はサービス残業だというが、新しい仕事を覚えるための自己啓発でやっているのかもしれないし、その辺の境があいまいで難しいところなんですよねー?」と、本人が自主的に自己啓発としてやってんだから仕方ないんじゃないの? とでもいったうそぶいた態度でこちらの質問の解答でもなんでもない爆弾発言であった。
以上、職場の昨今の状況をいくつか紹介してきたが、郵便局職場でも能力給が導入され組合員同士がおたがいの給与明細を見せあうこともできない状況がつくられつつあるなかで、当局は、民営化という言葉で労働者の危機意識をあおり、自己啓発という名のもと、物理的には労働者自身の金と時間を新たに搾取している。精神的には資格試験等を通じ労働者を差別化分断し、当局にたいしてのイエスマンづくりをしようとしている。
これにたいして、手始めに組合側の視点で職場内で仕事のやり方等も含めた形でサービス超勤をしない、させないためのミニ分会集会をマメに開くことと、交渉などの組合的な情報の開示・共有化が大切であろう。(注意:ただ個人攻撃に絶対にならないように話し合うことが肝心)