「労働通信」2004年3月号
私は、この一文に最初にふれたとき、大きな感動を受けました。理由をあげればかぎりがないほどあるのですが、「あの連合」にたいしこれだけのことをいう人人がいたというおどろきだ! さらに、それだけのことを聞く耳をもつ「連合」(実行力には多少の不安あり)におどろきとしかいいようがないのです。
まず、「最終報告」(以下報告と略)1と2で、現状認識について以下のようにキーワードを述べています。
「失業者は三五〇万人を数え、一〇年前には一万一〇〇〇件だった個人破産件数は、二〇〇二年には二二万四〇〇〇件へとふくれあがっている。年間の自殺者は、三万人をこえ、一日一〇〇人の人がみずから命をたっている状態」であり、「歴史の峠」にさしかかっている現在、連合は、はたらくものの視点にたって、はたらくものにとっての幸せを追求するために、慎重かつ冷静にハンドルをきることが必要である。「労働運動や労働組合のおかれている状況は、きわめて深刻である。このままでは、労働運動が足元から崩壊してしまいかねない切迫した事態に直面し」、「連合が結成されて以来、組合員は一〇〇万人も減少し、組織率もついに二〇%を下回りそうな状況」、「はたらく国民を代表する組織に名実ともになり、国民が連帯できる組織となるために、労働組合が思いきった変身をとげる必要がある」
個人加盟(現在四〇〇名弱)の弱小組合で日常活動に日日追われている身としても、おなじ問題意識をつねづね感じている。労働運動の現状を「評論家的に冷ややかにみる人」以外には共有できる実感ではないでしょうか?
そこで問題は、今後の改革の方向性(何が問題なのか?)と実践化のプログラムにあります。「3、改革の課題・目標 A企業別組合主義から脱却(現状の労働組合はどっぷりつかっている)し、すべてのはたらくものが結集できる新組織戦略を」といっているが、ここが日本における克服すべき最大の課題だと考えています。その政策として、Bはたらく側の視点からの「新しい賃金論」、C公正な分配を実現する社会制度の構築への参加を、D新しい協力と連帯の中心に連合がたつ、などとしています。
素直にこの提起を受けとめると、現状の「連合」とはまったくことなる労働組合像がなりたつ。「提言」は、工程表を作成して計画の実行をつよくもとめています。この実行力については、「疑問符?」をなげかける人の方がおおいように思うし、だからこそこの「提言」を述べているのだという人もいると思います。
私の主張は、この「提言」のなかの言葉をつかわせていただくならば、「企業別組合主義から訣別し、空洞化する足元――職場から、地域からの労働運動の開始」、「市民をともにしたネットワーク型共同体としての参画・自立型の労働運動」、「倫理観、労働の価値観を、人間性を中心において、はたらくものの視点にたって再構築することが必要」であり、そして「マネー中心の市場第一主義」ではない「労働中心の人間第一主義」という視点を世に発信していくことが労働組合のはたすべき役割であると思っています。
自分なりにむずかしい表現を乱用してみましたが、現状の労働組合(連合であるか、いなかを問わない)の改革にとりくまなければ、はたらく人人の権利は雲のかなたに消えてしまうことになります。どこの組織に属しているかどうかなどの細かいセクショナリズムを吹きとばすような大きな考え方でこそ、世界的な労働者の運動が考えられるのではないでしょうか?
もっとも私の現状の担当課題は、「駆け込み事件解決型運動」から「社会的問題解決型運動」への転換がせまられています。
読者諸氏ともに労働運動の未来に心をよせたいと考えています。